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    ジェイパックワールド

    本誌は、新しい時代ニーズに応えうる商品開発のイノベーションを志向し、新しいマーケットの創出に挑戦するビギナーからプロまでの包装と関連実務者(食品、医薬品、工業、流通など)のための包装総合情報誌です。数十年の包装実務経験を持つ包装のプロフェッショナルが多数編集に参加し、その豊富な経験と知恵、さらには多彩なネットワークを生かし、充実した内容を目指します。今までの包装関連情報誌にはない、将来を展望した課題の提案や問題提起などプロフェッショナルならではの視点から、包装の未来を志向します。

    〈発行日〉毎月15日
    〈主な読者〉食品・医薬品分野を中心とした包装ユーザー、包装資材・機械メーカー、商社
    〈形態〉本文(オールカラー)48ページ、A4変形判
    〈価格〉24,680円(本体・送料込:22,852円+8%税)※年間購読の価格です。

    2021年1月号

    【特集】

    ■利他と発見

     長いコロナ禍で最近、「利他」との言葉をよく目にするようになった。こちらの目か、それも世間の目か、どちらの仕業かは分かりかねるが、興味は引かれる。しかし「利他」などとは、よほど(神仏のように)内から涌き出だすものがなければ、こちらがすり減るようでは長くはつづかない。
     もし仮に「ほかの為めにし、ほかを益しつつ自己も益する方法」などあればよいとは思う。新聞に、「『完璧な利他』はない」「良き利他には必ず『他者の発見』がある」との東京工業大学の伊藤亜紗教授の話が掲載されていた。
     伊藤教授は、良き利他は「うつわ」のイメージで「相手を受け入れ、自分も変わる。『うつわ』のような余白をもつ人たちの間には、一方通行ではない双方の利他が生まれていく」と語る。確かに「器」または「包装」が中身に対して完璧なタイトであれば、出し入れのむずかしいことは日常に経験することだ。
     なかんずくパッケージでは(物理的な余白ばかりではなく)情緒的な余白が、様々なコミュニケーションに幅を生み出すのである。パッケージが「良き利他」を発現できれば、そこに発見する「他者」は「物流」「店舗」「生活」「廃棄」「地球環境」など多様な広がりをもつ。

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    2021年10月号

    【特集】

    ■プラントベース
     コロナ禍で開催賛否に揺れた「東京五輪」では、とくに若いアスリートたちのパフォーマンスに挑む目線に教えられたことは多い。五輪競技はすべて国別対抗戦だが、彼ら彼女らに国の代表といった固さはなく、個々人が友人たちとベストパフォーマンスを世界の舞台で競うといった風であった。  とくに競技を終え、お互いにベストパフォーマンスを称え合うといった姿は印象的であった。インターネットやSNSの影響も大きかろうが、彼ら彼女らの目線は国や人種、性別などをやすやすと越えて、(国で形成された)世界ではなく個々でつながった地球にある。  「プラントベース」とは「植物由来」と訳される言葉だが、ここでは食物(命の)連鎖を念頭に置いた、「地球の目線」といった意味でパッケージを考えてみたい。また「地球の目線」(資源循環)で考えなければ未来はなく、若い人たちに笑われよう。>>目次

    2021年9月号

    【特集】

    ■歳時記
     「パッケージ」の英語表記の「Package」が「pack」と「age」で構成されていることから、パッケージに「時代を包む」との意味を汲み取る人もいる。昭和のパッケージを捨てずに収集し、保存する希有なコレクターを知るが、確かにパッケージには時代を映したところが多分にある。  また生活に根差したものだけに、各歳々の成長の思い出とパッケージがリンクしているようなことは珍しくない。誰にも1つや2つ、見ると一気に記憶が蘇るパッケージがあるのではないだろうか。「時代」といっても、それは年々に巡る季節、月々日々の積み重なったものである。  とくに日本人は、そうした「歳時」への思いが人一倍強いように思われる。それだけパッケージへの思いも一入なのかもしれない。ただ「歳時」は、世界にも通用する日本人の感性を止めたものでもある。「包装」の文字をじっと眺めていると、壮大な「絵巻物」を想像してしまうのは本誌だけであろうか。>>目次

    2021年8月号

    【特集】

    ■ナースツリー
     「山火事で森の木々が枯れ果てたとき、いち早く咲き伸びて森の復活再生をうながす白樺の木は『ナースツリー』と呼ばれる」とのSNSの書き込みをみて、「ナースツリー」の定義はかなり幅広いことを理解した。  確かに、クリミアに初めてナースとして従軍したナイチンゲールは、病室にも入れてもらえず、雑用に追われたと聞く。つまりナースとしての任務の幅広さが、言葉の定義に表れているのであろう。  菩薩が人を護る様は、「暗きには灯火、海には船、恐ろしき所には護りとなる」「前後左右に立添いて、この女人立たせ給へば、この大菩薩も立たせ給ふ、乃至この女人道を行くときは、この菩薩も道を行き給ふ」と説かれている。  森進一のヒット曲「おふくろさん」(作詞:川内康範、作曲:猪又公章)の歌詞には「雨の降る日は傘になり」とある。ナースとは母であり菩薩の異名である。「ナースツリー」とは、自然の働きに表れた母や菩薩の命とはいえまいか。>>目次

    2021年7月号

    【特集】

    ■考える生活

     「私たちは考える人にならねばなりません」「考える人になることは、外のことではなくて、全く創造することです。自己の精神を生かせて表現することです」「私たちは自ら考え、自ら肯定し、自ら創造した生活をすることが大切です」「考える生活は自力難行の道です。けして呑気な生活ではありません。考える人のためには、目前のことがすべて問題になります」等々。
     すべて、今から100年以上前に残された与謝野晶子氏の言葉である。考えることは哲学者ばかりか、学者などの特権ではない。「青年よ、心に読書と思索の暇をつくれ」といわれた人もいたが、むかしから文章を練るのにいいとして挙げられる「三上」は、「馬の上」「枕の上」「厠の上」である。
     どこにあっても日々考えることがあって、生活も人生も新たに創造される。大正から昭和、平成、令和の今に至るまで、考える人はどれくらい増えたのか。またコロナ禍が、政治経済、医療、学術文化界のリーダーに、所有欲や営利行為が生活上に案外価値の乏しいことを反省させ、真に頼むべき最高最美の生活が果して何であるかを考えさせる動機となるだろうか。

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    2021年6月

    【特集】

    ■ゼロの奥ゆき

     宮崎駿監督アニメ「千と千尋の神隠し」の主題歌「いつも何度でも」(作詞:覚和歌子、作曲:木村弓)の歌詞に「ゼロ」が記されている。1番には「さよならのときの静かな胸/ゼロになる身体が耳を澄ませる/生きている不思議 死んでいく不思議/花も風も街もみんな同じ」と。
     また2番には「はじまりの朝の 静かな窓/ゼロになる身体 充たされてゆけ/海の彼方には もう探さない/輝くものは いつもここに/わたしのなかに 見つけられたから」とある。数学的な「ゼロ」の概念はインドで生まれたといわれるが、「ゼロ」とは何か。
     「0」とは、描かれた始まりと終わりを結ぶ「循環」を示すようでもあり、また内側にぽっかりとあいた「空間」を示すようでもある。「いつも何度でも」の「ゼロ」の歌詞は、万物とつながれた「命」の物語りのように思われる。

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    2021年5月号

    【特集】

    ■セカイ系

     美術批評家の布施英利氏のいうには、アニメやゲーム、小説などの分野で「セカイ系」と呼ばれるものがあり、「セカイって、言葉がある」のセリフで始まる、新海誠監督の短編アニメ「ほしのこえ」はその象徴的な作品とセリフである。
     「セカイ系」とは、生活と宇宙とを結ぶセカイの像のことを呼ぶ。近景と遠景の宇宙的なものを中抜きして直接結びつけた感覚のようである。なかなかピンと来ない呼称だが、生活と宇宙を直に結ぶセカイ像には共感できまいか。それを「何の役に立つ?」と問うてみても意味はない。
     宇宙と地つづきの生活の奥行きや、おもしろさを感じることでしかない。ただ、その実感に基づいて「WORLD」との名を用いたもので、生活と宇宙とが直に結ばれたパッケージのセカイ像がおもしろいのである。

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    2021年4月号

    【特集】

    ■偏重操作

    バランスが大事とは知っていても、環境条件の変化を常とするなかで均衡を保ちつづけることは至難である。むしろバランスの本質は、均衡を保つために環境条件の変化を先回りし、絶えずどこかに偏重しつづけていくことではなかろうか。 操船は自動車の運転とは違い、環境条件(摩擦抵抗の小さい海上)の影響と舵の位置が船尾であることから、操舵(ハンドル操作)と効き(動き)に若干のタイムラグがある。摩擦抵抗の小さい海上で、操舵から一拍遅れて旋回を始めるため、次に目指す針路に至る前に舵を元に戻さなければならない。 それでも針路を越えて旋回をつづけそうな勢いとみれば、先んじて逆に操舵を切る必要がある。コロナ禍での感染と人流の制御と似ていよう。早くてもならず、遅くてもならず、いかに最適に先回りし目指す針路に船を向けるかが、操舵士の技量である。

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    2021年3月号

    【特集】

    ■Trick & Treat

     「Trick or Treat」といえば、ハロウィーンで子どもたちが家々を回り菓子をねだるときの「お菓子をくれないと悪戯するぞ」との呪文である。直訳なら「悪戯か、待遇か」であり、菓子は出てこない。それは、中世の祭りで農民たちが食料をもらって歩いた姿を真似た名残のようである。
     ただ次回は「Trick or Treat」ではなく、「Trick & Treat」と欲張ったタイトルを付してみた。直訳では「悪戯も、待遇も」となろう。まだハロウィーンには随分と早いわけだが、元々ハロウィーンと「Trick or Treat」とは同じ祭りではなかったようである。
     こじつけではないが、お菓子にパッケージは付き物であり、また「Treat」も「Trick」もパッケージに関係する付加価値を創出する要素でもある。童謡の「おもちゃのチャチャチャ」のように、「Trick & Treat」はパッケージが動き出す呪文にもなりそうである。

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    2021年2月号

    【特集】

    ■Re-NORMAL

     2020年の春野菜は高騰したかと記憶するが、冬野菜の下落は大きい。大田市場(東京)では、レタスの卸売価格は前年同期比で61%、ハクサイは58%、キャベツ35%、ダイコン16%と軒並み下落している。理由は単純で、天候に恵まれて生育も順調であるからだ。
     一方で、感染の拡大により飲食店や旅館などの外食需要が低迷したことが影響する。SARS-Cov-2もしかり、自然を相手にしたことは人の思い通りにはいかぬものである。野菜の安さは家計には嬉しいが、農家の収入には打撃である。こちらを立てれば、あちらが立たずで、「とかくこの世は住みにくい」となろう。
     「安値で出荷すればかえって赤字」となれば、農家は収穫しないで、そのまま土にすき込むわけである。素人目には、いかにも「もったいない」と思いがちだが、(労力は幾分ムダになろうが)余剰分を土に還すのだから、自然には何の痛手もない。
     同じく、たとえ「NEW」であれ、「OLD」であれ、付してみても「NORMAL」に変わりはないと思えば、これまでは些かNORMALから外れていたもので、再びNORMALに戻ればいい。それが「Re」である。

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    2021年1月号

    【特集】

     2020年は正しくコロナに始まり、コロナに終わった。あらゆるモノゴトが、ロックダウンで変更、延期、中止を余儀なくされ、いまだ終息の見えないなかで、はっきりと姿を表わしつつあるのはNEW NORMALな日常である。もはや、これまでの「包装の課題と展望」では意味がなさない。  いわばコロナ禍でみえてきた、NEW NORMALにおける「新・包装の課題と展望」とならなければならない。また「BEYOND2020」は、より具体化した「アフターコロナ」となった。コロナ禍の景気浮揚策である「GoTo」の主体は誰か。またNEW NORMALの主体は誰か。  いずれも生活人であり、いわば生活と人を主軸とした経済社会への移行である。そうした移行のなかで、あらためて「新・包装の課題と展望」を考えてみたい。パッケージ、また包装産業はどう変わり得るのか。どう変わろうとするのか。興味深く、また楽しみでもある。>>目次

    2020年12月号

    【特集】

    ■むほう
     最近は何か妙なところが気になり、妙なことにこだわってみたりする。人間は全く不思議な生き物で、自分のこともよく分っていない。むしろほかの生き物に教えられる。まずは「むほう」とひらがなにしてみたが、「無包」である。世のなかには「包装は無用だ!」と考える人もいて、それもいいと思ってみたりする。  今読んでいる本に「『不動』といっても動かないじゃない。動いて動いて止まらない。だから何かあればパッと出ていける。『無』と同じですよ。無いということなのかといったら充ち満ちている、それが『無』です」と、概ねそんなことが書いてあった。  そういえば「技巧を凝らした跡もなく、いかにも自然で美しい」との意味の「天衣無縫」との言葉がある。当然、この「無」も無いということではないのだろう。つまり「無縫」とは、裸の王様を揶揄したわけではなく、まさに天衣をつくり上げた神業を讃え表した言葉であろう。 >>目次
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