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創刊間もないころに支えていただいた、包装企業の雄をリタイア後に中医学(漢方)を学ぶため、中国にまで渡った編集アドバイザーがいた。その方の中医学の講義を一度だけ聴く機会を得たことがある。その縁あって、今は中医学への関心が増している。
そこで、今回は中日友好病院臨床医学研究所名誉教授の粟島行春氏の著書「健康栄養補助食品の必要性---未病医学の提唱---」(ヘルス研究所)から、その一端を紹介したい。
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---食べもので自己管理をするということは、結局バランスよく、何でも食べるということに尽きると思うのですが、いかがでしょうか。
粟島 貝原益軒の「養生訓」のなかでいっていることですが、「偏勝せず」ということで、これは酒が好きで酒ばかり飲んで、オカズもあまり食べなかったり、逆に甘いものばかり偏って、ためにその病気を起こす(甘いものは脾臓に入り肉を太らす。辛いものは気を上逆さす。苦いものは心に入り骨を走らす。塩辛いものは腎に入り、血に走るなど)気味偏勝なきようにといっています。
何でも食べる。バランスよく食べるということは大切です。次は小食ということです。小食が守れないようでは生命を脅かすとされています。大食の害があっても小食が悪いという例はまったくありません。旨いからといって、大食したのでは養生にはならないのです。
そして、もう一つは、腹八分を守るということです。小食と腹八分は同じように思うかもしれませんが、小食は、少しずつ、色々な種類を食べるということです。そのトータルが腹八分目ということになればよいのです。
---サージョン・ワイヤーという人は「大事なことは、患者自身が、自分を治すという点である。薬で病気は治りません。薬は生活反応をスタートさせるきっかけとなるにすぎません」といっているのですが、これも「食」を指していると考えてよいのでしょうか。
粟島 真に不幸なことですが、今の日本の農業生産の在り方からいって、薬害、薬禍から国民の身を守ることはできません。やはり、あなた自身の自覚と決断をもって、その明確な実行を望むよりほかに途はありません。真実を追い、その実体を暴くことは、容易ではないのです。
真実を語ることはときとして生命がけのこともしばしば起こり得るものです。健康法にしましても、「血液の酸性(アシドーシス)に傾くことが病気の原因である」とする片瀬博士の説が横行し、カルシウムの製剤もたくさん出回っています。
しかし、カルシウムは本来、野菜や果物から、つまり食物から摂取すべきものであって、石灰岩を砕いて粉にしたものを「服用」するというのは、考え違いも甚だしいものです。
なるほど、日本は雨が多く、石灰分が海に流れ出し、結果として酸性土壌となっているので、カルシウムの少ない土壌に育つ作物は生まれながらにして石灰欠乏の作物となっているのは事実であり、このような食べものを食べつづけてゆくということが、結果として血液のアシドーシスを招いて、それが病気の最大の原因であると、仮に100%信じたとしても、だから石の粉末を服用せよとか、錠剤を投与するというのは真に他愛もない、ざれごとでしかない。
カルシウムは単独で胃のなかに入ってもビタミンKがないと血中に吸収されないからといってKの合成薬が出回るといった具合である。これらの責任は、何もカルシウム業者が悪いというのではなく、医師、薬剤師、栄養関係学者に責めを分け合うべき問題である。
しかし、それらの根底に、農民の「土つくり」によるカルシウムの豊富な肥沃土壌が、最後の解決のカギを握っているといわねばならない。それゆえに私は、農の改善こそが、医学の基本なりと考える。医学は、農あってのものと叫ばざるを得ないのである。
日本の土地は戦後30年、化学肥料の乱用と農薬による荒廃が目立つようになり、その上、農業機械化が進んだゆえに、家畜の糞便、褥草が全滅し、堆肥そのほかの有機物を施用する機会がなくなってしまった結果、作物の品質の上にも、戦前と戦後は変化してきているのは事実であります。
このように日本独特の土壌の要素欠乏という条件は、そのまま「食事療法」における「補給療法」につながってゆくわけですから、「○○を食べたら、体質が変わって壮健になった」「××を食べて健康に自信ができた」と「自然食」「健康食」「栄養〇〇」となり、食べる健康法がブームを呼んだわけです。
必ずしも食べればよいというわけにはゆかず、又、日本の「食料」はその「生産」の在り方からいって、「バランス」よく「食べればよい」というわけにはまいりません。
---未病と、予防医学とは、どう違うのでしょうか。あるいは同じと考えてよいのでしょうか。
粟島 予防医学と、未病は似ていますが、まったく発想の基本はいささか違っています。
皆川淇園という哲学者の門人が収録した「技養録」という本のなかに、「天下をして狴犴(野犬)の人なく、訟庭(裁判所)に莎(かやつり草)を生ぜしむるは君相(一国の主)の説くなり。故に曰く『必ずや訟無からしむる』と。民人をして常に病なく、寿をなし以て終わらしむるは医師の徳なり。故に曰く『上工は未病を治す』」と。易には「君子以て患うを思いてこれを予防す」とありますから、よく似ていると思うのも無理はないと思います。
未病は、扁鵲の「生くるものを起たしめるなり」に示されるように、死の寸前にも、その病めるところを取り除いて甦らせるというのが未病というのです。したがって予防医学は「外邪」に対しあらかじめ防衛するのに対して、未病は病人の病む前に内部に潜む生命力を充実させるにあって、その表裏のごとくにまったく別のものである点が、重視されてよいと思います。
人間の生きる生命の原動力となる勢を表わすものは、「未病」という考えのなかではとらえようとしています。それに反して「予防」では、人間を阻害するものをあらかじめ除去しようとするかの如く、表裏をなしているのですが、しかし未病は予防ではないという点を注意すべきでしょう。
日本では「未病」と「予防」は文字を二通りに書き分けて区別して用いるけれども、ときにまた混用もしています。西洋医学が日本に導入されてから、われわれは「予防」は日本語として定着し、伝統を持ち多様化してきましたが、「未病」は日本人には馴染みがすくない。
だから、多くは「未病」といっても「予防」の意味にとる人が多いのであるが、そこには多くの究むべき問題が含まれています。「シナ学」に対する造詣の深さは、まず中国古典の捗猟を行い、その源流を究めることからはじめられるべきですが、それはそれで、その学問が深ければ深いほど、切実な学問的課題となる問題は「未病」であったわけです。
しかし、それにもかかわらず、多くの医家たちは「ウマイ物」の「ツマミ食い」に狂奔して行ったきらいがあります。「ウマイ物」はそのほとんどが「本草学」のなかに蔵されていたといってよく、「この薬」は「どんな病に効く」ということに熱中してゆくわけです。だから「本草学」を究める人びとは、そのほとんどが、「病気治し」で終始するということも無理からぬことであったのです。
事実、数百年の日本の漢方家のなかにも、それに気づいて「未病」を唱導した医家たちも数多く存在するが、いずれも臨床医の多忙さと繁雑さのなかに埋没して、それが医学の主流となるには至らなかったのです。現在は、違った意味で、この未病医学は医学の主流でなくてはならないということに気づいている人が少ないのです。
粟島 行春(あわしま ゆきはる)
1926年、北海道生まれ。20代で郷里を出て全国を回り、土壌の研究を中心に農学畑を歩む。永富独嘯庵の「漫遊雑記」との出会い、漢方の勉強をはじめ、のちに春光苑漢方研修会を設立した。またバーミキュライトを原料とした土壌改良剤「VS34」を開発し、日本学士会から「アカデミア賞」を生物学部内で受賞。粟島生物研究所を発足し、日本総合医学会専務理事、副会長を経て、中日友好病院臨床医学研究所名誉教授など要職を務める。
著書に「日本農業革新論」「白砂糖の害毒」「自然への回帰」「土壌の改革」などがある。傷寒論研究の大家、江戸期の医師・安藤昌益の自然真営道を基にした黄帝内経の研究者、石塚左玄直系の食養家、熊崎健翁直門の易学家。江戸期の医学者である吉益東洞の著書「建殊録」の訳注や、永富独嘯庵の功績を研究し、関連する著述なども残す。2010年に死去。







