• ニュースフラッシュ
  • ワールドビュー
  • 製品情報
  • 包装関連主要企業
  • 包装未来宣言2020

トップページ > World View

World View

テーブルからキッチンへの価値のシフト

齋藤隆氏

(さいとうたかし)
香川県高松市生まれ。東京工業大学社会工学科卒業。株式会社日本リサーチセンター、総合研究所を経て、91年にNTTデータ通信株式会社(現・株式会社NTTデータ)に入社。98年にNTTデータ第二産業システム部未来・マーケティング研究室長を努め、現在の「食MAP」システムを完成。2001年に食MAPに特化したビジネスを展開する株式会社NTTデータライフスケープマーケティング(現・株式会社ライフスケープマーケティング)を立ち上げ、代表取締役社長に就任。09年に取締役会長に就任。現在に至る。高千穂商科大学、信州大学の非常勤講師を務めるなど活動範囲は広い。
【著書】「味公爵」講談社、「食品市場の創造」東急エージェンシー、「インター・コードが市場を変える」NTT出版、「365日の食卓マーケティング」NTTデータライフスケープマーケティング、「ニッポンの食卓の新・常識」日経BP社など。

---- 創刊から1年に渡り、食MAPデータからみた「シングルス・マーケティング」を連載いただき、誠にありがとうございました。季節はめぐり落花紛々と、桜花の枝にはまた新緑の青葉が勢いよく伸び始めています。江戸の俳人・山口素堂が詠んだ「目に青葉 山ホトトギス 初鰹」との有名な句が胸に浮かびます。長い冬を耐えてきた北海道や東北地方では、これからまさに"爆発する春"を迎えることでしょう。
 異常気象が喧伝されているとはいえ、自然は"時"を違えず確実に移り変ります。しかしながら、国内ではついにデフレが宣言されるなど、景気はますます深刻さを増しているようにもみえます。「シングルス・マーケティング」は、プロダクトマーケットを支える需要の構造変化を捉えたものといえます。その意味では、景気の水面下でこれまで確実に進んできた需要構造の変化が、かつてない経済危機という景気の引き潮によって、誰の目にも明らかになってきたということでしょう。

齋藤) 同感です。ようやくデフレが宣言されましたが、かなり以前からその兆候は見えていました。かつて「飽食の時代」との言葉が流行しましたが、今ではそう実感する人も少ないのではないでしょうか。ご指摘のように、目下の景気後退により、シングルスといった需要構造のドラスティックな変化が顕在化してきたことで、人のマインドも大きく変わり始めていることの1つの証左です。
 食MAPデータにも、こうした変化の様相はハッキリと現れており、一例を挙げればデパ地下などで注目の惣菜なども、ブームのピークはすでに過ぎているといえます。もちろん不況の影響が大きいこと否めず、トータルコストでの食費が低下していることにもよります。家庭での購入品が惣菜類から食材(野菜など)へとシフトしており、ただこうした傾向はすでに2000年から現れていることからも、不況だけの理由では説明できません。
 むしろ需要の構造変化などにともない、食に対するマインドの変化が大きく進んでいるということではないかと考えています。近代の日本を振り返ると、家庭の食は土間から台所(キッチン)、台所から食卓(テーブル)へと、その光のあたる場所を移してきたといえます。つまり調理する場所ではない"テーブル"が光のあたる場所となるということは、惣菜などの調理済食品の役割が大きかったわけです。それが、今度はまたキッチンへと移りつつあるということです。

---- キッチンということは、プロダクトだけでは完結しないということですね。本誌では、2009年6月号で"昭和30年代のパッケージに学ぶ"をテーマとした特集を試みました。もちろん、復古主義やノスタルジーといった安易な視点に止まったものではありません。やはり"温故知新"として何を学ぶかということになりますが、"キッチン"と同じくプロダクトだけでは完結しない物事ということです。

齋藤) ご指摘の"物事"とは、ヒト・モノ・コトの係わり合いのことであると思います。先ほど「飽食の時代」ということに触れましたが、それはプロダクトというモノの豊かさを象徴したものだと思います。いうまでもなく人口の減少や超高齢社会、シングルスの増加などのことを考えれば、これまで通りのプロダクトマーケットであれば、モノが余り始めることは火をみるより明らかです。景気動向を無視しても、デフレになることはすでに分かりきっていたことです。テーブルからキッチンへの価値のシフトは、"物事"の豊かさを求める時代に入ったことの1つの現れともいえるでしょう。
 もちろん復古主義やノスタルジーといった一時的な考え方ではなく、新しい時代のプロダクトマーケットの創出につながるような"キッチンへのシフト"でなければならないと思います。ですから、あえて「キッチンへ戻る」とは表現しなかったのです。その意味で"温故知新"といった観点から、昭和30年代に止まらずに、もっと過去に溯って食文化から学ぶ必要もあるかもしれません。キッチンへのシフトでは、食材が多様化することで味のバリエーションも広がっていきます。
 私は、今後キッチンを舞台にした味の多様化が始まる中で、江戸時代以降のしょう油味の限界とともに、新しい味の冒険時代の始まりを予感しています。「食は西に学び、東へ売れ」といわれるように、そのカギを握るのが関西の食卓にあると思っています。関西人は食に対するこだわりを持ち、料理の工夫に熱心です。上方から江戸へ下る食文化の流れは、今も変っていないのではないでしょうか。
 たくさんの種類の食材と接点がある料理ほど、食卓に登場するチャンスが増えます。これは食文化とも深く係わっています。また1つの料理で、たくさんの種類の食材や調味料を使いこなす工夫は、それだけ調理の技を育てます。ここに、キッチンに光をあてる大事な意味があると思います。キッチンでは、むしろ手仕事としての食であり、手ごたえのある食という表現になりましょう。その上で、多様な食材や調味料はプロダクト開発でのキーファクターとなるとともに、パッケージが重要な役割を担うようになることは間違いないでしょう。