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World View

経験で磨く「相手の裏をかく」といった発想

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 かのワールドカップのロシア大会での日本対ベルギー戦での視聴率が42.6%と、その日は眠い目を擦りながら仕事をした人も多いのではないだろうか。けしてサッカーに限ったことではないが、観戦していて「おもしろい試合」とはどんな内容であろうか。
 互いに勝ちを取りにいくことに懸命で、激しい攻防戦が繰り広げられるものであろう。事実、日本戦に限らず、1点を取り取られて進む試合は世界からも大きな賞賛が寄せられていた。とくに追い詰められた残り時間の少ない後半、なかんずくロスタイムのゴールである。
 もちろん勝負にあっては「戦わない」という戦略もあろうが、そこには目的が問われるものだ。そこに(利他的な)大義がなく、何かしら利己的な理由によるのであれば戦いの魂が失われる。「神」の存在の有無はともかく、そこで大いなる(大切な)味方を失うことになる。
 幼いころにくり返し聞かされた言葉に「誰もみていなくても、お天道さまがみている」がある。いい換えれば、誰が何をいおうが自らの心(魂)に恥じない戦いをすることであろう。ワールドカップに限らず、スポーツには「スポーツマンシップ」があり、それは単にルールを守ることだけでないことは周知である。
 もちろん選手たちも同じ人間ではあるが、誰よりも鍛え上げられた心身に表れるプレーだけではない、立ち振る舞いや言動のすべてに心を揺さぶられるのである。また、そこにこそ「ファンタジスタ」とも称されるミラクルなプレーも表れてくるのである。今回は、ラグビーのファンタジスタである平尾誠二氏とノーベル生理学・医学賞受賞の山中伸弥氏との対談「友情」(講談社)の一部を紹介する。
 
* * *
 
山中 神戸製鋼が強かったころって、ミスが少なかったんじゃないですか?
 
平尾 相手を呑んでかかってた。ミスはお互いにするんですけど、しどころがあってね。強かったころの神戸製鋼には、こっちがミスする前に向こうがする、そういう好循環がありましたね。
 
山中 僕、TVでよく試合を観てましたけど、最後ワンプレーで逆転したり、神がかり的なミラクルプレーがすごいなと思って。
 
平尾 そのことを皆がイメージできているんですよ。「まだいける!」ってね。
 
山中 そうですね。諦めてない。

平尾 こっちは諦めなくて、相手は「やられるんちゃうか」と思って、実際にあるときからこっちが逆転しはじめるんです。初めは逆転とかそんなことは考えてないんですが、どんどん時間が経っていって残り五分くらいになると、相手は「このままじゃ終わらないだろうな」と思いはじめるんです。
 
山中 何か起こるんじゃないか、と。
 
平尾 逆に向こうが不安になって、どんどん焦ってくる。こっちは、それが手に取るようにわかる。緊張しとるな、なんか焦っとるな、普通にしてたら勝てるのに慌てて掴みにかかろうとしているな、と。そういうものが感じ取れるんです。
 でも、自分たちの目の前のことで必死なチームには余裕がないので、相手チームの緊張や焦りを感じ取る力がない。ちょっと視点を変えれば、色々なものが見えるんですよ。たとえば、視線を五度上げたら見える空気がぱっと変わる。でも、目の前のことに必死やったら足元しかみえない。その違いは、やっぱりすごく大きいです。
 
山中 なるほど。
 
平尾 しごかれるとか怒られるとか、外発的なプレッシャーでやらされているチームというのも、ある程度までは上のステージに行けるかもしれないけど、絶対に一番にはなれないです。なぜなら、「ミスしたらあかんモード」に入ってしまうから。
 人間って、「誰かに怒られるからミスしたらあかん」と思うと、知恵が働かなくなって、さらにハイクオリティのところにいけなくなってしまうんです。百番を三十番とか二十番に上げるのにはいい方法かもしれないけれど、でも一番には絶対なれない。もしそれで一番になったとしたら、その世界が成熟しないですわ。
 
山中 やっぱり内発的に「自分からやろう」と思う集団にならないといけない。
 
平尾 それで新しいものが、色々工夫されていく。僕は、そう思うんですね。
 
山中 今の若い人たちは、安定志向が強いといわれますね。
 
平尾 おもしろいことに、そういう世のなかの傾向は、スポーツ選手の気質、スタイル、思考にも表れるんですよ。スポーツって社会にすごく影響を受けているから。たとえば今の若いラグビー選手は、パスを狙ったところに送るとか、キックを正確に蹴るとか、そういう動作は僕らが学生やったころよりも圧倒的に上手です。
 ただ、スキルというのは「動作と判断力」なんです。今の若い選手は、動作は上手やけど、それを状況に応じて上手く使い分けるのはヘタですね。相手の裏をかくという発想がない。世間の風潮が、機械的にものごとを考えるようになっていますから。
 練習も、決まったことをどれだけ正確にするかという部分の方が圧倒的に多くて、それができる奴がいい選手なんです。以前はそれでゲームがうまく運んだ時期もあったけど、今はもう、それじゃ勝てなくなってきています。
 
山中 それはむずかしい問題ですね。
 
平尾 相手の裏をかくといった発想がないのは、人間としての資質の問題じゃなく、多分、訓練の問題です。混沌としたところに放り込んで、なんぼでもゲームをやらせる方がいいと僕は思うんです。練習では上手くいかないでしょうけど、経験のなかで鍛え上げていくしかない。
 
山中 スポーツは気のものですから、ちょっとしたことで「ダメだ」と思っちゃうこともありますしね。
 
平尾 そうなんです。気持ちというのは、訓練や経験を積み重ねながら獲得してくものですからね。自信がない奴というのは、最後の最後、本当は有利なのに、なんか不利のような気持ちになってくるでしょ。これも経験不足からくるものですね。
 僕、先生の本を読ませていただいて、山中伸弥は色々な経験をするなかで、「しゃあないな、こんなこともあるよな。でも、なんとかなるさ」みたいな「切り替え力」を体得していると思った。これまでにはネガティブな経験もあったでしょ?
 
山中 はい。
 
平尾 でも、それがある状況によって、一気にいい方向に変わることもいっぱいあるんですよ。それを経験している奴は強いですよ。経験していないと、ちょっとしたことで「ダメモード」に入ってしまう。そういう奴が、たくさんおりましてね。
 
山中 それで自信をなくしちゃう人も多いですよね。

平尾 こんなのぜんぜんたいしたことないやないか、っていうこと、ありますよね。たとえば、ラグビーの試合時間八十分間のうち初めに相手に制圧されても、そこから色々考えていけば、帳消しにできることはいくらでもある。「制圧された」というところに完全に目がいって身動きが取れなくなるのは、経験不足なんですよ。

山中 精神力といいますか。
 
平尾 神戸製鋼でプレーしているような選手でも、小さいときからそういう経験を山ほど積んでいる奴は意外に少なくてね。途中からラグビーを始めた選手も多いから。
 
山中 ああ、そうですか。ちょっと意外ですね、それ。

平尾 その点、外国の選手は子どもころからゲームをやっているから、ちょっとしたことがゲームに大きく影響するってことを、経験のなかで体得しています。計算式じゃなくて、自分のなかの実戦経験って大事ですよね。

平尾 誠二(ひらお せいじ)
1963年1月、京都市生まれ。伏見工業高校、同志社大学商学部商学科を卒業後、同志社大学大学院政策科学総合研究科(修士課程)修了。日本代表ラグビー選手であったほか、日本代表監督、神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼任ゼネラルマネージャーなどを歴任し、「ミスター・ラグビー」と呼ばれた。2016年10月に死去。享年54歳。
 
山中 伸弥(やまなか しんや)
1962年9月、大阪生まれ。日本の医学者。京都大学iPS細胞研究所所長・教授、カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所上席研究員、学位は大阪市立大学博士(医学)。文化勲章受章者。2012年のノーベル生理学・医学賞をジョン・ガードンと共同受賞。