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創造型需要を生み出す主体者は“人間”と“社会”

小宮山 宏氏

三菱総合研究所/理事長、工学博士

プロフィール◎こみやまひろし
1972年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、同大学工学部長等を経て、2005年総長に就任。2009年3月に総長退任後、同年4月に総長顧問、三菱総合研究所理事長に就任。専門は地球環境工学、知識の構造化。地球温暖化問題の第一人者でもある。平成15年度化学工学会 学会賞を受賞。著書に「地球持続の技術」(岩波新書)、「『課題先進国』日本」(中央公論新社)、「日本『再創造』」(東洋経済新報社)など多数。

----- かつて聞いた「魚は命を惜む故に池にすむに、池の浅き事を歎きて池の底に穴をほりてすむ」との話を最近よく思い出します。人の浅はかさを揶揄しており、やはり結末は「しかれども、ゑ(餌)にばかされて釣(針)をのむ」ことになります。「何だか、笑えない」、そんな現実を目の前にしています。今月(11月)、パナソニックがテレビ事業の縮小を決断したというニュースが報じられました。
 パナソニックに止まらず、国内のメーカー各社でも相次ぎ、事業の抜本的な見直しを始めたようです。もちろんテレビは1つの象徴であり、既存プロダクトの全ての事業が見直しを迫られているとも言えなくはない。その点では、だいぶ判断が遅いように感じています。パッケージといえども例外ではなく、本誌ではこれまで"危機感"を喚起する警鐘を鳴らし続けてきました。
 前号(2011年11月)でも取り上げましたが、小宮山さんは「国内マーケットではすでに人工物(プロダクト)は飽和しており、需要の認識を"普及型"から"創造型"へと変えるべきだ」と指摘されていますね。需要変化にともなう"国家モデルの転換"を提唱されていますが、課題の本質は全てに通底しています。"国家"の2文字を、"企業"や"事業"に替えてみれば分かります。
 さて、小宮山さんの考える国内での"普及型需要"のピークはどの辺りになりますか。
 
小宮山) それは、日本が米国に次いでGDPの世界第2位となった"1968年"です。ご承知のように、明治元年(慶應4年)が"1868年"ですから、まさに100年かけて「坂の上の雲」(司馬遼太郎の小説)を体現したことになります。ただ、いざ"雲"に入ってみたら濃い霧で、先ゆきの見えない茫漠とした不安に包まれつつあります。
 現在の行き詰まりは誰の目にも明らかで、"国家モデルの転換"がなければ日本の未来はないといえます。もちろん"1968年"直後に、国家モデルの転換点といった実感を抱いていた人はいなかったに違いありません。私自身まだ20代であり、そんな考えの及ぶ年齢ではありませんでした(笑)。これも、歴史を顧みることの大切さを示す一例だと思います。
 いうまでもなく開国時(江戸末期)の日本には、「産業」と呼べる産業はほとんどなく、まして民主化とは無縁の体制にありましたが、非常に高い文化レベルにあったことも事実です。その反動からか、かえって自らの文化を顧みることもなく、米国などから「エコノミックアニマル」と揶揄されながらも、遅れをとった産業化と民主化の進展にひたすら挺身してきたといえます。
 "エネルギー危機"とも称されたオイルショック(1973年:第1次、1979年:第2次)を乗り越えた1970年代には、米国で発刊された「ジャパン・アズ・ナンバーワン(Japan As No.1)」(Ezra F. Vogel)がベストセラーになるなど、日本の国家モデルが海外からの称賛を集めました。その点では、20世紀型の国家モデルは一応の成功を収めたものと思います。
 ただし先に触れたように、そのモデルはすでに消費期限を過ぎており、"創造型需要"への対応は無理だと言わざるを得ません。
 
----- 需要変化への認識とともに今後、価値観の転換が求められますね。その点で、2008年の"リーマン・ショック"(世界同時金融危機)と今年(2011年)3月に突発した"東日本大震災"(本誌では"震災ショック"と称している)を、小宮山氏はどのように受け止めていますか。
 
小宮山) いずれも直接に被害を受けた多くの方々がおり、非常に痛ましい、不幸な出来事には違いありません。しかしながら、起きてしまった現実は変えようがなく、その厳しい現実をどう受け止めて再生への活力を生み出していくのか、といったことの方が大切だと思います。誰もが日々の生活をこれまでの延長線上に置いている限り、「価値観の転換」といってもそれは非常に難しい。
 だからこそ、「百年に一度、千年に一度」とも言われる"リーマン・ショック"と"震災"が"価値観の転換"を一気に進めるティピングポイント(Tipping Point)となる可能性は高いと思っています。また、震災では不幸にも被災地となった東北地方から"国家モデルの転換"が始まる予感があるとともに、それに向けた取り組みを進めていきたいと思っています。
 "ピンチこそが革新の最大のチャンス"であり、"明治維新"にまでさかのぼらずとも、日本人の"強かさ"や"器用さ"は歴史の随所に示されています。例えば、先に触れたオイルショックや公害問題などを契機に、エネルギーの効率化や厳しい排出規制の克服、自然環境の再生など、世界に誇れる成果を上げています。
 
----- 小宮山さんはお話の中で、かつての日本は産業化と民主化の遅れを取り戻すことに傾注して、自らの文化を顧みることがなかったといった主旨のことを言われましたが、"国家モデルの転換"にあって、あらためて江戸時代に謳歌した文化に学ぶことも大切なのではないでしょうか。むしろ、今回の震災では日本人の文化に根差した精神性に、数多くの称賛が海外から寄せられたという事実もあります。
 
小宮山) "懐顧主義"ではなく、たとえば江戸文化の生きた知恵を未来に生かすといった点では大切と思います。かつて東京大学で、物理学者の戸塚洋二さん(特別栄誉教授)との対話の中で、「何だ。小宮山くんは人間やってんだ」と言われて驚いた思い出があります。その時、あらためて私の専攻する工学が"人間"や"社会"を対象とした実学であることを実感しました。
 これまでの普及型需要では国や産業が主導してきましたが、これからの創造型需要を生み出す主体者は"人間"や"社会"でなければなりません。その点では"文化"といった視点は不可欠な要素といえるかもしれませんね。