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視覚を超えて四感に働くパッケージの世界
今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。
様々な分野で「見える化」が叫ばれ始めてから久しい。パッケージにおいても、かつてスケトンが流行し、日清食品の「カップヌードル」でも(限定品として)スケルトンカップが登場したことがあった。紫外線などによる変性を考えれば、中身はみえない方がいい。
人をはじめ、どんな生物でも大切な部分ほど覆い隠されていよう。「五感別知覚情報では圧倒的に視覚(83%)が占め」とよく聞かれるが、また視覚ほど曖昧な感覚はないこともよく知られていよう。トリックアートなどは正しく、視覚の錯覚を利用したユニークな芸術である。
「芸術」までに至らずとも、錯視をともなう図形や配色などは日常にも珍しくはなかろう。大げさにいえば、視覚の曖昧さは自分の見たいと思うものが見え、見たくないものは見えないほどであろう。ちなみに視覚以外の四感では「聴覚11%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1%」の順となるようだ。
かのサン・テグジュペリの「星の王子さま」に登場するキツネの「一番大切なことは目に見えない」との言葉は有名である。そう考えるならば、情報の精度および重要性はパーセンテージの低い順に味覚、触覚、嗅覚、聴覚と並ぶこととなる。
情報量が多いがゆえに惑わされ、情報量が少ないゆえに意識が注がれ、感覚の働きが研ぎ澄まされると考える方が道理である。目の前の実像に迫ろうとすれば、むしろ目は閉じ意識を集中させ、ほかの五感を静かに研ぎ澄ませて感じ取ることである。
その姿は西洋的なプロフェッショナルではなく、正に日本らしい「職人」を彷彿とさせないだろうか。今回は、世界でも有名な鉄道模型の製作・収集家を父にもつグローバルな実業家であり、ベンチャーキャピタリストの原丈人氏の著書「増補21世紀の国富論」(平凡社)から、その一部を紹介する。
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会社を経営するということは、どんな意味をもつのか。経営者はどんな会社をつくっていくべきなのか。そのことを考えていくなかで、私は何人もの日本人経営者とも出会いました。なかでも強い影響を受けたのが、オムロン創業経営者である立石一真という人物です。
立石氏は、「太陽の家」という障害者のための施設をつくった医師、中村裕と1971年に出会い、その理念に共感しました。そしてオムロン太陽電気株式会社(現在のオムロン太陽株式会社)を設立し、わが国初の福祉施設と民間企業の協力による福祉工業をつくりました。
立石氏がつくった「京都太陽の家」(1986年設立)の工場では、何人もの障害をもった人たちが働いていました。立石氏は「目の見えない人たちは、健常人により聴覚が優れている場合も多い。彼らの能力を必要とする現場に働く場所をつくればよいのだ」と話してくれました。
それまでのように、法律で義務づけられているから仕方なく雇用するという消極的な動機ではなく、適材適所に人を配置さえすれば、障害をもった人も戦力となるということを教えてもらいました。
そのとき、働いている従業員の姿を記録したビデオも見せていただきましたが、そのなかの一人が、自宅に帰って、もらった給料を嬉しそうに神棚に上げていた姿を忘れることができません。事業を成功させて利益を上げていくことが、社会への貢献と触接的に結びついている。
その考え方に私は共感しました。そしてまた、事務用品のメーカーで働いていた私の父の、こんなエピソードを思い出します。あるとき父は、会社に冷房を導入する仕事を任されたのですが、父が最初に設置したのは本社ではなく、工場でした。
本社の事務所より工場を先に選んだ理由を、不思議に思った経営陣に対して、父は「会社のなかで一番暑い思いをしているのは、工場の人たちでしょうから」と答えそうです。こうしたエピソードは目に見えない人たちや、工場で暑い思いをしている人たちを思いやったということだけではありません。
その結果、生産中の紙に汗が落ちて不良品となる率も減り、昭和30年代には少なかった、蒸し暑さから起きる作業中の事故も大幅に減ることとなりました。こうしたことにより生産性が向上し、会社としては、より大きな利益を生み出すことになったのです。
こうした事例を、私の事業でそのままマネすることはできないにしても、いつか自分なりのやり方で社会に大きな貢献のできる会社をつくっていこう、と考えるようになったのです。日本や米国は、豊かな「先進国」です。
こうした国々のなかにいると実感できないかもしれませんが、一歩その外に出てみれば、日本では考えもつかないような貧しさが、世界中に広がっています。
これまで、「メイド・イン・ジャパン」といえば自動車や電気製品を中心とするハードウェアでした。さらに、マンガやアニメ、食文化といった「ソフト」も輸出してきました。けれども、これからの時代に日本が輸出すべきものは、システム(制度)やモデル、さらにルール(規制)といったものだと考えています。
ハードウェアであれソフトウェアであれ、ただ製品だけを輸出していたのでは、いつか模倣されてしまい、より価格の安い商品に負けてしまいます。電気製品をみれば、日本の企業がいくら高性能で高機能なテレビをつくったとしても、最後には中国に負けてしまうでしょう。
けれども、たとえば鉄道技術は、ただの車両の性能だけで動いているわけではありません。信号系統やポイントの切り替えなど、様々なシステムを組み合わせることによって複雑で正確な運行が可能になるのです。単なるモノではなく、システムをパッケージとして提供し、さらに制度までつくり、これも含めて輸出することができることが、日本の強みです。
そして、こうしたシステムには必ずルールがともないます。ルールというものには、はっきりとした理由や意義がないこともありますが、一度決まってしまえば一種の「参入障壁」にもなり得るものです。たとえば、右側通行がルールである国のバスは、右側にドアをつけなければならない。
左側通行なら反対でしょう。こうしたシステムやルールをつくる国になるということを、日本の製造業も強く意識すべきでしょう。そして、私たちは世界の経済や社会を動かしている、もっとも大きな制度やルールにも目を向けるべきです。
現在の世界にある議会制度や学校制度、弁護士や会計士などの制度は、そのほとんどがヨーロッパやアメリカ合衆国に由来します。けれども今は、それがあちこちで綻び始めています。2050年には、世界の人口の85%が「開発途上国」の人びとで占められるようになるでしょう。
しかし、相変わらずこの世界は、一部の「先進国」だけが豊かさを享受できる仕組みを維持しています。一方で、中国やインド、ブラジルなどの新興国が力強く成長していますが、すべての国が大量消費型モデルのままで同じような成長を実現したとしたら地球がもたないことは誰もが知っています。
現在の世界を蝕んでいる金融資本主義や株主資本主義に代わる新しい制度が必要です。私はデフタ=ブラック・ネット・モデルが、その先駆けとなる優れた実例の一つであることを信じ、また願っています。新しい制度が世界に受け入れられるような力をもち、人びとにとって魅力的なものとなるためには、その先にある価値観、あるいは背後にある理想といったものが、重要な意味をもってくるでしょう。
日本は、世界に先駆けて、このような新しい制度のつくり手となり、それを発信していくべきです。公益資本主義を論じたつぎの第五章(「公益資本主義がつくる、これからの日本」)では、そのような「あるべき価値観」が何かを中心的なテーマに据え、日本がどのような国を目指すべきかを考えましょう。
原 丈人(はら じょうじ)
1952年、大阪生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、中央米国の考古学研究に従事。考古学資金づくりのために、1979年にスタンフォード大学経営学大学院へ入学、国連フェローを経て、1981年に、同大学工学部大学院修了(工学修士)。1984年にデフタ・パートナーズを創業、主に情報通信技術分野でベンチャー企業への出資と経営に携わり、米VCのアクセル・パートナーズのパートナーも兼務し、1990年代にかけてシリコンバレーを代表するベンチャーキャピタリストの一人となった。欧米を拠点にする日本人実業家、DEFTA PARTNERSグループ会長、国際連合UNONG Wafunif代表大使。著書に「21 世紀の国富論」(平凡社)や「新しい資本主義」(PHP新書)などがある。