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勝者は冷静な頭脳と熱い心を持つ
石田 隆一氏
株式会社イシダ/代表取締役社長
〈プロフィール〉昭和12年2月24日京都府に生まれ、昭和35年3月に同志社大学経済学部卒業。昭和35年2月に石田衡器製作所(現・イシダ)に入社、昭和42年12月同社・代表取締役社長就任。平成16年5月に日本包装機械工業会会長に就任、同年6月に日本包装リース取締役会長に就任する。現在、廣池学園(麗澤幼稚園・小学・中学・高校・大学)理事や同志社大学の経営戦略懇談会諮問会議委員、中内学園(流通科学大学)のアドバイサリースタッフなどを務めている。
---- この春の叙勲受賞者の1人として「旭日中綬章」を受章されたとのこと、誠におめでとうございます。貴社が企業理念に掲げる「世の適者・適社」の実践と、その長年に渡る実績が高く評価されてのことでしょう。
石田)ありがとうございます。これも、ひとえに日頃からご指導ご支援頂いている関係業界やお取引先をはじめ、皆様方のお力添えがあってこそと、心から感謝申し上げます。また、グループ社員らとこの喜びを分かち合っていきたいと思っています。
---- さて、昨秋にアメリカに端を発した金融危機は、世界同時不況の波となってあらゆる産業を例外なく呑み込んでいます。これは「100年に1度」とも称され、国内でも実体経済の冷え込みに輪をかけて、先ゆきへの不安感が急速に広がっています。こうした状況を、どのように考えていますか。
石田)私は常々、「慎重」と「臆病」とは違うと言っています。いうまでもなく景気は本来、好況と不況を絶えず繰り返すもので、「100年に1度」といわれる論拠を見つけ出すことの方が難しいと思います。もちろん私自身の長い経験から、今回の不況は通常のものとはやや違うと感じていますが、それ以上に過大評価する必要はないと思います。日本企業を代表する日清食品を創業した故・安藤百福さんや、京セラの創業者である稲盛和夫さんなどもよく言われていますが、自然界は元来厳しいもので、世間は厳しいものだと心得ていなければなりません。「幸せはバラバラとやって来るが、不幸は手をつないでやってくる」という言葉もあるように、幸せは不幸に比べて感じにくいものなのです。まだ海外の多くの国々からみれば、日本はいまだ平和と繁栄のうちにある恵まれた国といえます。むしろ、そのこのことで甘えが増長しているようさえに感じています。何かあると騒ぐ、右往左往するなど、まったく軸といったものが見えないのが残念です。批判のみに終始するのが敗者で、勝者は冷静な頭脳と熱い心を持つものです。中国の後漢書に「疾風に勁草を知る」という言葉がありますが、むしろこうした厳しい環境によって淘汰が進むことで、本物が頭角を現してくるということでしょう。1967年12月の就任から、これまで代表取締役社長を41年勤めてきました。その社長引退を来年(2010年)にひかえ、そのことが1つの楽しみでもあります。
---- 石田さんは日本包装機械工業会の会長でもありますが、今年の新年賀詞交歓会での挨拶で、今回の景気後退を引き潮に例えて話をされていましたが、大変に感銘を受けました。確かに潮の満ち引きは自然のリズムであり、潮が引いてあえて嘆く人などありません。むしろ日本人は、昔から潮干狩りなどをして楽しんできたわけです。
石田)不況を楽しめる余裕ですね。「潮干狩り」も、自然とともに生きてきた日本人の1つの知恵の現れでしょう。潮が引いてみて、初めて見えるものが沢山あります。海底の地形や生き物、時に過去の財宝を見つけることがあるかもしれません。まずは景気後退の現状を正しく認識し、それをありのままに受け入れることが大事です。また潮が引いたのだから、これまでとは見方を変えなければなりません。国内産業では現状、海外輸出が大きく落ち込む中で、内需の拡大が課題となっています。内需では人口の減少といったことはまだ緩やかですが、その構造変化の大きさはかつて日本が経験したことのないほどです。また一方で、資本や人といったグローバル化の波は、すでに内需の岸辺を洗い始めています。こうした変化のテンポは確実にスピードを上げており、地球が一段と狭くなるとともに、様々な次元での2極化が進むものと考えられます。こうした意識から私は、「トンネルを抜けると景色が変わる。だから、その準備をしておくように」と、社員に語っています。
---- この不況というトンネルを抜けると、国内外のマーケット景色がガラリと変っているかもしれませんね。米国史上初のアフリカ系大統領が誕生したことも、その先兆でしょうか。つまり、不況それ自体が問題なのではなく、それが1つの契機となって、トレンドが大きく変わっていく可能性があるということですね。そのトレンドが分かればよいのですが。そのための準備とは、どんなことでしょうか。
石田)トレンドが分からないからおもしろいともいえますよ。それがどんなトレンドであれ、それを掴む前にはやはりどんな時代にあっても人材と新しい製品の存在が不可欠だと思います。ですから私はこれまで、どんな環境下にあっても教育費と開発費だけは削減しない方針できました。先にも触れましたが、こうした大きな変化の時には特に軸がぶれないことが大事です。私は、松尾芭蕉が説いた「不易流行」を経営のキーワードとしてきました。いうまでもなく流行とはトレンドですが、不易とすべき軸となる経営理念や企業哲学、人生哲学です。アダムスミスの「国富論」には自由主義経済の市場法則として「神の見えざる手(invisible hand of God)」が説かれています。つまり、信仰と勤労が自由主義経済の軸にあったわけです。その道徳軸を見失ってしまったことが、今回の世界同時金融危機へ繋がっていると思います。これまで、受注生産をベースに発展をしてきた国内の包装機械産業は内需にしっかりと根を張っている分、こうした不況下には強みを発揮すると思います。しかしながら一方で、トンネルを抜けた新しい景色を視野に入れ、「地球軸」と「時間軸」といった視点で準備をしておく必要があると信じます。内需のみに囚われていては、グローバルマーケットの中で「前門の虎、後門の狼」に遭遇する事ともなりかねません。日本の包装機械は必ず世界に貢献できる力を持っていると信じ、またそれを産業理念として進んでいくことを望んでいます。私自身、当社の企業理念とする「世の適者・適社」たり得るかを常に自問し、「人々に喜ばれ、社会に役立つ製品・サービスを提供する会社は、世の中で必ず生かしていただける」と信じて、これまで努力し続けて生かして頂いてきたからです。