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World View

失敗を許容し得る安心・安全のパッケージ

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 小惑星「リュウグウ」丸ごとに対し、ネット上で12兆円もの高値がつき、月の土地が1万円以下で売りに出され、3Dプリンタでロケットが製造され、宇宙ホテルの試験機が軌道上を回り、(NASAの入札で勝ち上がった)民間ベンチャーが月への貨物輸送を受注し...。
 「これらは何年先に実現するか?」との問いに、あなたならどう答えるだろうか。実は、これらのすべてが2022年までに起こった出来事の一部の羅列である。国家から民間へと事業主体の移ることで、宇宙事業は加速度的に進展している感がある。
 NASAの提案により、「アポロ計画」以来となる月面に人類を送り、ゲートウェイ計画などを通じて月面に物資を運び拠点を建設し、月での持続的な活動を目指す、月面探査プログラム「アルテミス計画」は国際パートナーや民間企業との協力により2022年に(第1弾が)予定されていたものである。
 現在は2025年以降の実施を目指しているようが、一方では、民間企業主導による2024年の火星への有人飛行計画などはよく知られている。さらにオランダのNPO法人などが火星への移住者を一般公募し、2025年に移住を実現させるプロジェクト「マーズ・ワン計画」をスタートさせている。
 火星への移住は、(地球に戻れない)片道切符にもかかわらず、希望者は後を絶たないようだ。2024年が近づくにつれて、「火星人向け大型戸建分譲プロジェクト」などと、まことしやかなニュースまで飛び込んでくる。北大西洋に沈むタイタニック号の観覧目的で潜水したタイタン号の爆縮事故を想起させる。
 ただ、皮肉にもそうした人間の野心が、リスクの大きい宇宙事業を進展させることもまた事実である。今回は、いずれもJAXAの事業に関わる小松伸多佳氏と後藤大亮氏の共著「宇宙ベンチャーの時代〜経営の視点で読む宇宙開発」(光文社新書)から、その一部分を紹介したい。
 実は冒頭の記した「問い」は、同書の"はじめに"から引用したものだ。またそこには「宇宙ベンチャーの躍進ぶりをご紹介するとともに、『社会全体におけるリスクの分散処理』ともいえるこの体制について提議することが、本書のもう一つの目的です」とも記されている。
 
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 アストラ社のロケットは、その名も「ロケット」です。現在、「ロケット・スリー」という第3世代目のロケットを開発し、果敢に打ち上げを試みています。前評判の高かった同社ですが、残念ながら(同書執筆時では)成功より失敗が多い状況です。2016年の創業で、2021年8月に株式上場しましたが、成果が上がらないためか株価も低迷し、2022年8月には宇宙ベンチャー初の上場廃止警告を受けています。(中略)
 アストラ社は、2020年9月から1年半ほどの期間に6回の打ち上げを試み(4回目は除くとすれば)6回目でようやく商業的に成功しています。短期間に何度も打ち上げを試みた背景に、同社の果敢な事業意欲を感じ取っていただけることでしょう。
 とくに5回目の失敗から6回目の成功まで、わずか1ヵ月あまりしか空いていません。会社が果敢に頑張ったことは高く評価するとしても、新産業の振興という観点からは、むしろ顧客の寛容さについて強調したいと思います。
 3月15日は結果的に成功したものの、このフライトに貨物を乗せていた荷主3者(ニアスペース・ローンチ社ほか)は、失敗してもおかしくない状況でリスクを取って衛星を搭載していることになるからです。
 日本には「お客様は神様」という不文律がありますが、こと新産業の振興という観点からは、この不文律が発展を妨げる可能性があります。顧客に迷惑を掛けないことが絶対視されるあまり、改良や挑戦のスピードが削がれてしまうことが、国際競争力の低下につながっている面があるでしょう。
 顧客に迷惑を掛けてはいけないという不文律が、金銭的な迷惑を掛けないという訓戒を越えて、「顧客に不快な思いをさせてはいけない」というような極端な運用に及んでしまっているため、顧客は一切リスクを取らないことが、当たり前であるかのような風潮を生んでしまっているように思えてなりません。
 最近は打ち上げ保険という金融商品が一般化していますが、保険等で金銭的な損害が保証されるだけでなく、「顧客の非金銭的な迷惑も含めて、成功を保証しないと商業サービスを始めてはいけない」というような事態になると、明らかに新産業は発展しません。
 一方、米国では、打ち上げの失敗や遅延と、顧客との関係において一種の割り切りがあるように思われます。「打ち上げ失敗は残念だが、保険である程度カバーされるのだから、荷主もきちんとリスクを取ってほしい」とか、「打ち上げ失敗時の対処も含めて、荷主は契約書にサインしているのだから、当然、契約書に定めた以外の賠償をロケット・ベンチャーに求めない」という類の割り切りが、契約社会の米国にはあると考えます。
 付随する論点として、保険会社は、新産業育成のときに重要な役割を果たすリスクの引き受け手である点も、とくに強調しておきたいと思います。保険会社が介在することで、顧客がリスク・テイクしやすい素地がならされているという見方ができると思います。
 日本のお客様重視の文化風土を全否定するものではありませんし、むしろ美徳とさえ思うのですが、こと新産業の育成という観点からは、顧客も一定のリスクを取るのが当然であると意識して社会を変革していくべきではないかと考えます。
 2022年1月、NASAは、VADR(Venture-Class Acquisition of Dedicated and Rideshare)というプログラムのなかで、12社の有力なロケット・ベンチャーおよび代理店を選定し、資金を提供していく契約を発表しました。
 12社のうち6社は、すでに軌道到達に成功している企業で、アストラ社、ノースロップ・グラマン社、ロケット・ラボ社、スペースX社、ULA社、ヴァージン・オービット社が選ばれました。また、12社のうち4社は、数年以内に初号機を打ち上げるべく研究開発中の企業で、ABLスペース・システム社、ブルー・オリジン社、ファントム・スペース社、レラティビティ・スペース社が選ばれました。
 さらに残る2社は、打ち上げ代理店のスペース・フライト社、L2ソリューションズ社が選ばれています。これらのうち、打ち上げ未成功の企業では、現在果敢に研究開発が進められています。たとえば、ABLスペース・システムズ社のロケット「RS1」は、1200万ドル(16.8億円)で、1.35トンの貨物を低軌道に運ぶ計画です。
 ロッキード・マーチン社をキー顧客とし、次の10年間で58回の打ち上げをする契約を2021年に締結しました。現在アラスカで初号機の打ち上げに向けた試験をくり返しています。NASAもまた、ロケット・ベンチャー育成のためのリスクを取っているといえるでしょう。
 たとえばロケットの場合、無事に打ち上げれば成功、爆発したり、軌道を逸れて指令破壊(人為的な自爆)に至れば失敗、というのが一般的な感覚でしょう。もちろん、誰にとっても失敗はありがたいことではありませんが、「失敗」しても、次の成功につながる知見が得られる場合には、必ずしも失敗とはみなされないのが、宇宙ビジネスに携わる者の感覚です。
 あのスペースX社でさえ、最初の打ち上げ3回は「失敗」に終わっていますが、マスク氏は失敗に学びながら開発を継続し、今では世界一の打ち上げ事業者となりました。NASAは多くの新興ロケット・ベンチャーと契約を結んでいますが、一度や二度の「失敗」は許容しながら、契約を続行するはずです。
 今後も宇宙産業が発展していく過程において、まだまだ多くの「失敗」が積み重ねられると思います。わが国では失敗に対する懲罰的な風潮が強い傾向があるため、表面的な成否ではなく、成功に向かって確実に進んでいるかどうかを厳しく吟味するような姿勢で見守ることが、重要であると考えます。

小松伸多佳(こまつ のぶたか)
1965年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、野村総合研究所元主任研究員、イノベーション・エンジンのキャピタリストとして宇宙分野の投資を担当、JAXA(宇宙航空研究開発機構)客員等歴任。
 
後藤大亮(ごとう だいすけ)
1976年、京都生まれ。大阪大学院基礎工学研究科修士課程修了後、宇宙開発事業団、のちのJAXAで人工衛星、探査機、ロケットの開発・運用に従事。JAXA主任研究開発員。