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World View

正気に満ちた福神社会の包装とは

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 淡き光立つ にわか雨
 
 松任谷由実の歌う「春よ、来い」の歌詞の冒頭の一節である。節分と立春を過ぎると不思議に風の色が変わる。にわか雨のあとに立つ淡き光にも、春の暖かさを感じられる。「立春」は、二十四節気(四季×6つの節気・中気)の一番はじめであり、1年の始まりに当たる。
 ゆえに「新年の来る前に、厄を払っておこう!」との思いを込めて、節分に「鬼は外、福は内!」との豆まきをするようになったという。「厄払い」であれば、基本は心身の内と外に違いないが、そこはなかなか分けがたい境ではなかろうか。
 「依報(えほう:環境)あるならば必ず正報(しょうほう:生物)住すべし」で、人に限らず、生物は環境に依存し生かされているものである。それだけに、自然の変化である二十四節気とともに生きることが大事だ。「節分」にふっと、「鬼神、邪気の成れの果ての姿が『戦争』であれば、福神、正気の姿は何か?」と考えた。
 属性を問わず、年齢・性別も問わず、また数にも依らず、ただ心置けない友が集い、そつそつと談笑が始まる。これが福神、正気の姿、「福来る」との表れである。つい、宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」に描かれた、泥のなかから表れる名立たる川の主神さまの笑みを思い出す。
 三菱総合研究所の小宮山宏氏は、世界に先駆ける日本の超高齢社会を「プラチナ社会」と呼んだ。確かに、団塊のシニアが骨身に染みた泥を洗い落とし、正気を取り戻せば超高齢社会も満更、福神の社会ともならなくはない。そこで今回は、齢93歳を迎えたスズキの相談役の鈴木修氏に学び、その著書「俺は、中小企業のおやじ」(日本経済新聞出版)から一部を紹介したい。
 
* * * 
 
 「製造業は1円のコストダウンが生死を分ける」といわれます。外部の人は「そんなのは大げさじゃないか。1円は所詮1円だ」と思われる方も多いでしょう。でも、1円を大事にするというのは、けして空疎な精神論ではありません。
 1円の重みというのは、私たちが日々実感していることなのです。スズキの場合、2008年3月期の連結売上高が3兆5000億円、利益が800億円、4輪の販売台数が240万台でした。分かりやすくするために、それぞれ3兆円、900億円、300万台だとしましょう。
 このとき、クルマ1台当たりの売上げは100万円(=3兆円÷300万台)ですが、利益は3万円(=900億円÷300万台)でしかない。また、クルマは1台当たり1万点とも3万点ともいわれている。非常に多くの部品からできています。
 仮に1台当たり2万点の部品からできているとすると、1部品当たりの利益は、わずか1円50銭(=3万円÷2万点)に過ぎないのです。このように、売上高3兆円、利益900億円というと非常に大きなビジネスをしているように見えますが、実際には、1部品当たり1円50銭の利益を積み上げた結果に過ぎない。
 もし1部品当たり1円50銭のコストダウンができれば利益は倍増しますが、反対に1円50銭のコストアップになれば利益は吹き飛んでしまう。1円単位、10戦単位のコスト削減が会社の収益をどれほど大きく左右するかが、お分かりいただけると思います。
 日本の企業として最大の利益を稼ぎ出してきたトヨタさんでさえ、あれほど必死になって1円単位のコストダウンに取り組むのも同じ理由でしょう。1つ1つのコストダウンの額は小さくても、それが積み上がれば大きな収益力の格差が生まれる。これが自動車産業の現実です。
 スズキの工場では、1993年から「小さく、少なく、軽く」というスローガンを、そして99年からは「小少軽短美」というスローガンを掲げています。国内だけではありません。たとえばインドの工場にも、日本語とローマ字でこの標語を掲げています。
 この5文字は、コストダウンの要諦を表したものです。たとえば、いまは鋼材が値上がりして、1トン当たりの価格が10万円近くもします。つまり、5kg100円、5g10銭ということです。このとき、鋼材を使う部品が少し小さくなり、あるいは短くなり、それまでの部品に比べて10g軽くなれば、それで1円節約できるのです。
 「部品の目方をグラム単位で削れ」と私が技術者やサプライヤーに口をすっぱくしていうのは、このためです。同じ性能で少しでも軽い部品をつくれば、それだけでコストダウンに繋がるのです。また部品の軽量化が完成車の燃費改善に繋がる、ということはいうまでもありません。
 できるだけ「小さく」「少なく」「軽く」「短く」「美しく」というのが、大切です。最近、講演に呼ばれる機会があると、よく「1円の話」をします。壇上にあるマイクや湯呑みを手にとり、それを持ち上げて皆さんに見せながら、「マイクのこの部品はいらない。湯呑はこの部品を薄くすれば、目方が軽くなる」とコストダウンのアイデアを説明してみせます。小さく、少なく、軽く、短く、美しくです。
 最後に「こうやって話をさせていただいたのも何かのご縁ですから、ぜひスズキのクルマをよろしくお願いします。でも、あまりムリな値引きは勘弁してください。『俺は、あんたのところの会長を知っているから、10万円まけてくれ』といわれても、うちは(前述の通り)1台100万円の売値で3万円しか儲かっていません。ですから、1台で10万円まけろといわれると差引7万円の赤字となり、会社は倒産してしまいます。せめて3000円の値引きで辛抱してください」とお願いして、講演を締めくくります。
 そういうと、皆さんそれなりに納得したような顔つきになりますよ。かつて、プロ野球の名監督で鶴岡一人さんという人がいました。彼の名言に「グラウンドにはゼニが落ちている」というのがあります。球場でいいプレーをすれば、年俸も上がる。だから、若者はグラウンドでカネを稼げ、という意味です。
 これを、私流にいい換えると「工場にはカネが落ちている」です。ムダを削れば削るだけ、それが会社の利益を押し上げ、社員や株主へ還元される原資が増えるのです。また、工場の整理整頓も疎かにしてはいけません。ライン際に部品を山積みにしているような工場では生産性は上がりません。
 2005年に、ある工場を隅から隅まで観察したとき、端っこの方に大量のごみの山があるのを見つけました。使わなくなった机やイスなどの備品、台車やパレット、旧型の機械、治具の類です。このとき、工場ごとに号令をかけて大掃除を命じました。すると、出るわ、出るわ、ごみの山。
 各工場の廃棄物をグラウンドに集めて全員に見せました。目方を測ると、全工場で639トンに達していました。整理整頓ができていると思ったら、まだこれだけある。こんなごみの山に埋もれている工場がまともに動くはずはありません。
 世間では「スズキの工場は極めて生産性が高い」といわれていますが、私はそう思っていません。まだまだ足りないところだらけです。たとえば、数年前にはこんなことがありました。確か5月2日のことだったと思います。取引関係のあった金型メーカーの会長さんから伊豆のゴルフ場に招待されました。
 クラブハウスで昼食をとっているとき、その会長さんが「世間が休んでいるときこそ、うちは稼ぎ時です」といいました。意味が分からず聞き返すと、金型の生産はほぼ自動化されており、休みの日だろうが平日だろうが、無人で機械が金型をつくってくれる。
 だから「世間が遊んでいるゴールデンウイークでも自分たちの工場は生産しており、その分、余計に稼げるのだ」という意味でした。私は「なるほど」と思いました。そこでゴルフを早々に切り上げて、伊豆からほど近いところにあったその会社の工場を見学させてもらいました。

鈴木 修(すずき おさむ)
1930年1月、岐阜県下呂市生まれ。旧姓は松田で、1953年3月に中央大学法学部法律学科を卒業し、中央相互銀行(現・愛知銀行)入行。1958年にスズキ2代目社長の鈴木俊三の娘婿となり、同年4月にスズキ入社。1963年11月に取締役に就任し、1967年12月に常務取締役、1973年11月に専務取締役、1978年6月に代表取締役社長に就任。2000年6月から代表取締役会長(CEO)を、2008年12月から代表取締役会長兼社長(CEO&COO)を務める。2015年6月から代表取締役会長(CEO)を務め、2016年6月にCEO職を辞任し、2021年6月に会長を退任、相談役に就く。