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World View

宇宙大の知恵と包装価値の創造

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 先日、ランチでレストランに行くと新入社員らしき若い人たちが一杯で、また(店員を除く)ほかのランチ客も老若男女問わず、皆一様に白い歯を覗かせて談笑にふけっていた。「ふまれても根づよくしのべ道芝のやがて花さく春は来ぬべし」である。
 ただ関東ではもう満開の桜花も散り、枝々には生き生きと若葉青葉が吹き出して来ている。はや「目に青葉山ホトトギス初鰹」の季節だ。政府は、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけを5月8日に、(季節性インフルエンザなどと同じ)「5類」に移行する方針であり、いよいよ「コロナ明け」となる。
 アフターコロナは「以前」に戻るのではなく、本格的なニューノーマルの始まりである。だが、今もウクライナ危機はつづいており、コロナの後遺症もけして少なくはない。もし明けたからには退くことなく、われわれは屍累々を乗り越えて前進せねばならない。
 或る大学の入学式で新入生に対し、岡本米蔵の名著「牛」の「宇宙は大学校なり」との言葉が紹介され、「この宇宙それ自体を大いなる学校と定め、見上げる天空から眼前の人間社会、さらには足もとの可憐な野の草花に至るまで森羅万象に、瑞々しく鋭い探究の眼を注いでください」とのメッセージが贈られたと聞く。
 入学したからといえ「本校」に縛られず、宇宙大の智慧を磨き広げ、大いなる青春の価値創造に挑戦してほしいとのメッセージではあるまいか。「大学」とは単なる「学舎」「専門知識」などではなく、宇宙大の学びの眼を開くとの意味に違いない。
 「人生百年」の時代であれば尚更に、一時の学舎に止まることなく「学びて時にこれを習う。また説ばしからずや」(論語)で、宇宙を大学校として学び生きることではなかろうか。その意味で、今回は惑星科学の第一人者として知られる松井孝典氏の著書「生命はどこから来たのか?」(文藝春秋)の序文からその一部を紹介したい。

* * *

 皆さんは、「インドの赤い雨」という話を聞いたことがあるでしょうか。2001年6月~8月ころにかけて、インド南部のケララ州で、南北500kmにわたる地域に、断続的ですが赤い雨が降ったのです。場所によってはまるで血のようだったといわれています。
 色のついた雨が降ることはそれほど珍しいことではありません。黄色い雨や黒い雨が降ったという話はたまに聞くことがあります。雨は大気中の水蒸気が、何か核になるような物質のまわりに凝結して、降ります。その物質が氷滴や水滴なら普通ですが、何らかのほかのものだと色がついてみえます。
 黄色い雨は、砂漠などから巻きあげられた細かな塵が正体のことが多く、それが大気の流れによって運ばれ、その周りに水蒸気が凝結して雨となります。黒い雨は、たとえば火山の噴火や原爆投下のあとなどの灰の降下によるものです。
 しかし、赤い雨となるとめったに聞きません。そのあとの研究から、この赤い雨の正体は、実は細胞状の物質であることが分かりました。この物質についてはそのあと、それが細胞なのかどうか詳しく調べられました。2006年に発表された論文によると、大きさは4~10μmで、形態的には細胞状ですが、核やDNAは見つからなかったということです。
 この雨の降る前に、大気中で大きな爆発音がしたそうで、論文では彗星が大気中で爆発したのではないかと推測しています。そこで論文の著者は、この赤い細胞状物質は彗星によりもたらされたのではないか、と推論しています。
 荒唐無稽な話と思われる方がいるかもしれませんが、生命が彗星によって運ばれてくるというアイデアは、イギリスの天文学者フレッド・ホイルとスリランカ出身の天文学者チャンドラ・ウィックラマシンゲが90年代に発表しています。
 ウィックラマシンゲは現代におけるパンスペルミア説(生命の源は宇宙から持ち込まれるという考え方の総称)のもっとも有名な科学者といっていいでしょう。そこで、この論文の著者は、赤い雨の細胞状物質は彗星によってもたらされたのではないかと推測したのです。
 そのあと、この物質に関する本格的な研究論文は発表されていません。2012年末のことですが、私のところにイギリス在住の一人のポスドク(博士研究員)が突然訪ねてきました。われわれの研究センターで宇宙に漂う塵(コスミックダスト)の表面に生命関連物質が付着していいないかの研究を始めたことを聞きつけて訪ねてきたのです。
 彼がこの赤い雨の後日談を語ってくれました。この細胞物質はウィックラマシンゲの研究室に送られていて、彼もその研究室の一員として、この細胞状の物質の研究もしているというのです。彼が分析したところ、この赤い雨の細胞状物質中に、細胞核やDNAを見つけたというのです。
 しかし、2006年論文の共著者(赤い雨サンプルの提供者)の承諾が得られないため、まだ論文にはしていないとのことでした。そのあと、ウィックラマシンゲの希望もあり、私は彼らと一緒にこの赤い雨の研究を始めることにしました。
 今はまだこれ以上の研究内容について紹介できませんが、宇宙と生命という分野で、今でも次々と新しいテーマが登場し、研究が進んでいることを示すいい例だと思います。
 「生命はどこから来たのか?」はいつの時代も最先端の研究テーマであり、かつまた、一般の方にも高い関心を持たれているようです。そこで、このようなタイトルを付けた本は、数多く出版されています。しかし、爆発的に進展するこの分野の研究の現状をバランスよくまとめた本は少ないように思います。
 なぜかといえば、このテーマが非常に多様な分野を取り扱わねばならないのに対し、著者が一部の分野の研究者であることが多く、どうしても自分の研究分野を中心に論じられたものにならざるを得ないという事情によります。
 その全てを網羅しているような解説本もありますが、その場合ほとんどが、多くの著者の共著によるもので、内容に一貫性がないものが多い。
 このテーマは21世紀の学問の究極的な問いであり、アメリカ航空宇宙局(NASA)が、21世紀の宇宙探査のテーマとして「生命はどこから来たのか?」を選択し、「アストロバイオロジー」と命名したほどだからです。21世紀も10年以上が経過し、アストロバイオロジーは急速に発展しつつあります。
 一般的な問いということでいえば「生命はどこから来たのか?」ということになりますが、生命の進化も含めて一言でいえば「生命起源論」です。生命起源論はギリシャ哲学が始まって以来、いつの時代もポピュラーな関心を集めるテーマです。
 しかし、宇宙的なスケールでそれを問うことができるという意味では極めて現代的なテーマです。神話の時代から人類の問いの中心に位置し、人類というより、ホモ・サピエンスがもつ根源的な問いといってもいいでしょう。
 生命とは何なのか、そして生命と呼ばれるものが、いかに地球に出現し、進化したのか、われわれは宇宙で孤独な存在なのか----この3つが生命起源論と呼ばれるものの根源的な問いです。この問いはさらに、人類にとって根源的な問いにつながっています。
 それは「われわれとは何者なのか?」です。地球に偶然いるのか、それとも必然なのか、あるいは文明はこれからどこに行こうとしているのか、文明的な生き方をどう始めたのか、というような問題も含まれます。生命起源論の裏側には「われわれとは何者か?」という深遠な問いが隠されているのです。

松井孝典(まつい たかふみ)
1946年3月、静岡生まれ。東京大学理学部卒業、同大学院修了。1986年に学術誌「ネイチャー」に海の誕生を解明した「水惑星の理論」を発表し、世界の地球科学者から注目を集めた。1988年に日本気象学会から大気・海洋の起源に関する新理論の提唱に対し「堀内賞」、2007年に著書「地球システムの崩壊」(新潮選書)で、第61回毎日出版文化賞(自然科学部門)を受賞。
1999年4月に東京大学大学院新領域創成科学研究科の教授に就任、2009年3月に東京大学退職。4月に千葉工業大学惑星探査研究センター所長、6月に東京大学名誉教授、2012年2月に内閣府宇宙政策委員会委員長代理、静岡文化芸術大学理事に就任。2018年3月に岐阜かかみがはら航空宇宙博物館館長兼理事長、2019年4月に千葉工業大学地球学研究センター所長、2020年6月に千葉工業大学第13代学長に就任。2023年3月に逝去。
ほかにNASA客員研究員、マサチューセッツ工科大学及びミシガン大学招聘科学者、マックスプランク化学研究所客員教授など、著書も「巨大隕石の衝突」(PHP出版)「一万年目の『人間圏』」(ワック出版)「絶滅恐竜からのメッセージ」(ワック出版)「150億年の手紙」(徳間書店)「宇宙人としての生き方」(岩波書店)ほか多数。