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World View

緊張を強いて美しいパッケージ

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 2月に入り、三菱商事とKDDIとローソンの3社の資本業務提携契約の締結と、(三菱商事とKDDIは)公開買つけ等によるローソンの非公開化に関する取引の合意が報じられた。KDDIは2024年4月頃、ローソンに対する公開買つけを実施する。
 公開買つけ後は、ローソンの株主を三菱商事とKDDIのみとする手続を実施し両社が議決権を50%ずつ保有することで9月頃にローソンは上場廃止となる。今後両社は共同経営パートナーとして、ローソンの企業価値向上に向け3社で取り組むこととなる。
 3社による資本業務提携の目的は、「リアル×デジタル×グリーン」を融合させた新たな生活価値の創出にあるという。これも、また「異次元のコラボレーション」を象徴する動きである。
 「異次元コラボ」の特長は、生活視点に立った新しい価値創造の目的を共有し、まさに「共同経営パートナー」の言葉の表す、従来の「施主と下請」の主従の垂直関係および、サプライチェーンのような水平関係を越えた融通無碍なコラボレーションである。
 最近では「DX」「GX」の動きが加速しはじめた感もあるが、そもそも(接頭辞の「TRANS」を「X」と書く英語圏の慣習により)「X」は「横断する」(TRANS)との同義語の「CROSS」の略称を当てた字である。
 「異次元コラボ」は「TRANS」よりも「CROSS」に近く、むしろ「X」の当て字にふさわしい。
 いうなれば「境界線のない世界」であり、あえて「線引きしない世界」である。詩人の茨木のり子氏は「整理されたなかに未整理の部分を含んだ言葉」といい、それを「或る緊張を強いて美しい」ともいう。
 今回は、その茨木のり子氏の随筆「言の葉さやげ」(河出文庫)から一部を紹介する。
 
*  *  *
 
 私のいやな言葉、聞き苦しいと思っている日本語は無数にある。出せといわれたら、ずいぶん沢山出してみせられるだろう。日本語について多くの人が語る場合も、たいていは、その否定的な面を指摘することで尽きている場合が多い。
 いやな日本語を叩き潰せば、美しい日本語が蘇るというものでもないだろう。否定的な側面を指摘するのと同じくらいのエネルギーで、美しい言葉に対する考えを掻き立ててゆきたいし、多くの人の色々な形による発言を聴きたいものだという願いが、私にはある。
 しかし、美しい日本語に対する発言や考察が、ひどく乏しいというのは、どういうことなのだろう。まずいものを食べたときは「まずい、まずい」と大騒ぎするが、おいしいものの通過するときは、割にけろりとしているように、美しい言葉というものは、生活の隅々で意識されず、ひっそりと息づき、光り、掬いがたいものであるためか。
 それとも美しい言葉とはどんなものかというイメージが、私たちにきわめて貧しいためなのだろうか。そしてまた、いやな日本語で一致点を見出すよりも、美しい言葉で一致点を見つけ出すことの方が、今日、はるかに困難なのを暗黙裡に悟っているためなのだろうか。
 文学者の場合は、答えは、はっきりしている。美しい言葉を掴み出そうとして、四苦八苦したありさまと成果は、その作品を見えれば明らかだから...。ここで触れたく思うのは、なるべく文学作品は避けて、もっと身近な、日々空気のように必要な言葉たちのなかから、幾つかの例を取り出してみたいのである。
 生まれてこのかた、私もずいぶん長いこと日本語を聴いてきたわけだが、私なりの「美しい言葉とは」というものが、色々に沈殿してきている。主に女の人の言葉を例にとりつつ、少し整理してみたい。
いつまでも忘れられない言葉は、美しい言葉である----二つはほとんど同義語のように私には感じられてならない。忘れられないというのは、良くも悪くも一人の人間の紛れもない実存を確認した、ということを意味するのかもしれない。
 たとえこちらの胸に刺のように突き刺さっているものであっても。また人間の弱さや弱点を隠さなかった言葉は、概ね忘れがたいし、こちらの胸に染み通る。
 このことはすでに子どものころから感づいていて、だから「さらけだす必要もないが、しかし、自分の弱さを隠すな」と、ずいぶんと自身に言い聞かせてきたのだが、過ぎ来し方を省みると隠ぺいの気配のみが濃いようだ。
 学者、作家が入り混じっての座談会などで、作家の言葉の方が俄然、精彩を放って生き生きと感じられるのを、何度も見聞してきたが、これは学者に比べ、作家の方が自分の弱さを隠さないという修練ができている賜物なのだろうと思う。
 整理されたなかに、未整理の部分を含んだ言葉も、或る緊張を強いて美しい。もともと人間は、そういう存在だからだろう。語られる内容と、言葉とが過不足なく釣り合っている場合も、極めてこころよい。政治家のいう「小骨一本抜かない」「衿を正す」などはなんらの実体も感じさせない点で下の下である。
 鴎外の短編「最後の一句」は、言葉の発し手と受け手とが、ぴたり切り結んだとき、初めて言葉が成立するという秘密を、余すところなく伝えてくれている。全身の重味を賭けて言葉を発したところで、受け手がぼんくらでは、不発に終わり流れてゆくのみである。
 言葉を良く成立させるための、条件というものがあるらしいのだ。戦後の幾つかの大きな裁判は、これらの条件が如何に欠けていたかを教えてくれる。何項目にも分かれてしまう、色々な考えのなかから、私の最も大切に思われるものを、次に三つ挙げてみたい。
 第一に、その人なりの発見をもった言葉は美しいと思う。どんな些細なことであっても。知り合いの女性が或る日、ぽつんと「うちの亭主のいいところは、まるで野心というものを持たないことだわ」といった。投げやりではなく、諦めでもなく、夫の美点を誠に慈しむような言い方だった。
 女はなべて、野心に猛り闘志満々の男に惹かれるものだという公式的な観念を、さりげなく打ち破っていた。ひどく新鮮に響いたのは、あとで考えると、彼女なりの発見がこちらを打ったのであろう。自己顕示欲でぎらぎらしているような、また拝金主義でへとへとのような世相に対する抵抗も含まれているようであった。
 野心を持たず、しかしやるべきことをやって素敵な男性というものは、この世に多いのだが、女性によって良く発見されているとはいえない。さらりと涼しい言葉が出てくる基盤として考えられるのは、彼女もまたともに働いているからではなかったろうか。
 十年も前に出た加藤八千代詩集「子供の夕暮」のあとがきには、こう書いてある。「大人とは、子供の夕暮ではないのか」。これもまた、私には一つの発見に思われた。もっともこういう考えは、これまでにも沢山あったかもしれない。だから加藤八千代の発見はむしろ「子どもの夕暮」という言葉のなかにあったという方が正当かもしれない。
 躾けられ、仕込まれた子どもが、やがて一人前の大人になって成熟してゆく―この子ども時代から青春前期くらいにかけてであって、それが次第にくだらなく黄昏ていったのが大人かもしれないではないか。この一行は、折に触れて、この十年あまり一つのメロディのように私のなかで鳴る。
 ときに反発し、ときに素直になり、いまだに揺れ動いていて決着が着かないが、「大人は子どもの夕暮ではない」と本当はいいたいのだ。が、当面は自分を実験台に載せて、もう少し様子をみるほかはない。世界的な規模で「教育」というものへの若者の反撃が始まっているのも、なんだかこの一行とも無関係ではなさそうである。

茨木のり子(本姓・三浦)
 1926年6月12日、大阪府生まれ。愛知・西尾市で育ち、県立西尾高等女学校を卒業後上京し、東邦大学薬学部に入学。その在学中に空襲や勤労動員(海軍系の薬品工場)を体験し終戦を迎えた。敗戦の混乱のなか、帝劇で鑑賞したシェークスピア「真夏の夜の夢」に感動し、劇作家の道を目指す。すぐに「読売新聞第1回戯曲募集」で佳作に選ばれ、自作童話がラジオで放送されるなど社会に認知。
 1950年に結婚し詩も書き始め、1953年に詩人仲間と同人誌「櫂」を創刊。同誌は谷川俊太郎、大岡信など多くの新鋭詩人を輩出。1975年に夫が先立ち、2006年2月に死去。主な詩集に「鎮魂」「自分の感受性くらい」「見えない配達夫」などがある。 「わたしが一番きれいだったとき」は多数の国語教科書に掲載され最も有名な詩の1つ。