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六十にして耳従う」(「論語」)と孔子の言葉を知らぬ人はいまい。親しい間柄なのかもしれないが、「六十」をとうに過ぎたいい大人が、自分の立場も弁えず人前で、相手の姓を"ちゃん"づけで平気で呼ぶ。むかし芸能界などで、そうした悪習はあったとは聞くが、それを知らぬわけではあるまい。
また自分の意にそわない人たちに対し、権威を笠に着て嚇すような言動をとる人がいるなどとは、にわかに信じがたいことである。なまじいい大人の顔をしているだけに、虎の威を借りる狐よりも性質が悪い。上品ぶって取り澄ました言動も耳障りだが、下品でバカ丸出しの言動は聞くに堪えない。
CMのセリフではないが、「そこに愛はあるんか⁉」と問いたくもなれば、また昭和歌謡の歌詞のように「泣けて涙も涸れ果てた/こんな社会に誰がした」と嘆きたくもなる。誰がいったか、「民を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。無慈悲の自分を乗り越えて、自分を変革しゆく戦いである」と。
「水は方円の器に従う」で、変革の事始めは心(水)を治める身体(方円の器)をつくる戦いである。われわれの身体は食べた物でできている。そこで、今回は栄養学者の川島四郎氏の著書「たべもの心得帖」(新潮文庫)から、その一部を紹介したい。
川島氏は、あとがきに「お上品ぶって取り澄ました食生活ではなく、庶民級に味方して、私自身の実験ずみの安上がりの地についた食生活を書き綴ってみた」と記している。
 
* * * 
 
毎年、大学の夏休みになると人間の原始食の研究のため、アフリカの奥地へ入り込み、やがて来るべき日本の食糧窮乏に対処する下地の調査に行っています。
その間、アフリカの大自然のなかで行動し、そこに住む原始的な住民の生活にすすんで溶け込むようにして研究していますが、つくづく大自然の環境のなかに自然的な生活をしている彼らの幸福をしみじみと感得し、そして一見、粗末とみられる食物を食べつづけながら充分健康を保ち、均整のとれたよい肉体と朗らかな気質をもつ彼らをしげしげと見せつけられて、今更のように「食の文化生活」というものについて深く考えさせられました。
人間の生活の態様を、ひと口に「衣食住」といい、「衣食住」と口調がいいものですから、いっしょくたに考えられていますが、「食」と「衣住」とは、本質的にまったく別なものです。
「衣」と「住」は、身体の外側にあるものですから、日本人にとって、和風が洋風になったところで、人間の生命の根源に大きなかかわり合いはないのですが、「食」は、「衣住」とは異なり、口から食べてお腹に入れて肉体を養い、活動するという健康と生命に直結している重要なものなのです。
原始人間に比べて、今の人間の頭脳は驚異的な発達をして、月世界に下りて、その表面に足跡を印するまでに進歩しましたが、人間の内臓(消化器官)は太古原子時代のつくりと少しも変わっていないのです。むしろ退化したとみられる点もあります。
したがって和服が洋服になり、下駄が靴になり、藁葺の家がコンクリートの高楼になってもかまいませんが、食物だけは、人間が正しく生存するためには、あくまで本然のままに則ってゆくべきなのです。
こうしてみると、人間生活のなかでも住居は「コンクリートの箱」のなかに住むという住の非自然さはあっても、住宅政策上、やむを得ぬところですが、そこは人間の知恵で何とか過ごしてゆけるものの、「食」の問題となると違います。これが一番心配になります。
いまの生活の「食」の点については、よほど考えないと、知らず知らずの間にしなくてもいい病気をしたり、長生きできるところをあたら若死にすることになります。そういう視点から「現今の日本人の間違った食物」について色々と述べることにいたします。
 
朝食ぬきで飛び出してきましたが、奥さまの気持ちと誠意でつくっておいてくれた例の「チューインコンブ」を、電車のなかで吊革にぶら下がりながら4枚ほど食べ、駅のホームの水道栓からタダの水をたっぷり飲んで、胃のなかの昆布も一段と膨張し、胃壁への展力が脳髄の食欲中枢に伝わります。そこで一応は満足を感じて、勤め先の仕事に鼻歌まじりで取り掛かります。
しかし、満腹は感じても、根はチューインガムくらいの小さい短冊に切った昆布4枚、それもヌルヌルで滑りがよいだけに、胃から十二指腸に移るのも早く、十時過ぎころ、いよいよ仕事の能率が上がり出すころ、グウーとお腹の虫が鳴きます。そこで、もうひと口何か食べたくなります。
こういうときは、かねての体験でうまい方法があります。つまり机の引き出しに隠し持ちたる応急食糧がそれです。「応急食糧」とは、煎餅、あられ、かき餅、ピーセン、エビセンなど、米でつくった準主食というべき食品のことで、机の一番下の段の、深い大型の引き出しのなかに、湿らないように茶筒のような缶に入れておきます。
折柄、新入社員のかわいいOLがみなの机にお茶を配ってくれます。「絶好のチャンス!」。缶の蓋を音がしないように上手に開ける―なかのピーセンを摘み出しポイと口に放り込む―音を立てないように静かに噛む―お茶だけはわざと(?)音を立てて飲み、この音でカムフラージュ―。
といった戦法で、4つでも5つでも一応堪能するだけ食べて、お腹の虫を抑える―といった手を使うわけです。出勤途中で食べたチューインコンブで味のよいタンパク質と特有のヌルヌルした炭水化物と、とくに昆布の保有する色々の種類のミネラルを摂り、今またここでピーセン、エビセンから米のデンプンと軽い良質の植物油をあわせて摂り、くわえるにお茶のビタミンCもあって、これで一応、朝飯としての必要なカロリーを充足できることになります。
なかには「そうのべつ幕なしにものを食べても大丈夫だろうか、胃袋の負担が大きくなって胃が迷惑しやしないかな」と心配する向きがあります。「大丈夫!」。大体、自然界に野生でいる動物で、時計を見ながらきちんきちんとものを食べるやつなんて一匹もいません。
そんなことをするのは人間だけです。食物というのはお腹が空いたら食べるというのが原則、裏返していうなら「腹減らざれば食わず」ということになります。
勤め先で事務を執り、あるいは工場で立ち働きながら、お腹が空いて食べたくなったら食べればいいわけです。ただし、いっぺんにドカっと食べないで、少しずつお腹の虫がおさまる程度に食べるのが原則です。
工場で働きながら、ポケットのなかにピーナッツでも入れておいて、食べたくなったら摘まみ出してポリポリ食べる―これでいいわけです。牧場にいる牛や羊を見てごらんなさい。朝から晩まで、頭を下げて草を食べ通しに食べています。
人間は二本足で立ち上がったため、内臓は腹腔のなかで宙ぶらりんになっています。ほかの動物は四本足で立っているので、内臓は水平位にあって、お腹の皮という一反風呂敷で包んであるから下がってきません。ところが内臓が宙ぶらりんの人間は、一度にたくさん食べると胃袋がズシンと下にずり下がって、胃下垂や胃拡張になります。
仕事中だろうと労働中だろうと、お腹が空いたら少しずつ食べればよいのです。「のべつ幕なしに食べてはいけない」というのは屁理屈派の人で、現実派の人なら私の説をとるでしょう。ただし、さっきも話したように、一時に大食いをしないことです。
ちびりちびりと少しずつ食べることです。人間の内臓(消化器官)の構造は、そういうふうにできているのです。八十八歳の青年のこの川島は、そうやって元気で達者に、研究に勉強に全力投球でやっています。

川島 四郎(かわしま しろう)
1895年2月、京都府生まれ。京都二中を卒業し、陸軍経理学校に入学。1918年5月に卒業し、同年12月に三等主計に任官し歩兵第12連隊付となる。第11師団経理部員、第8師団経理部員、独立守備歩兵第4大隊付兼関東軍経理部員などを歴任。
1927年5月に経理学校高等科を卒業し、員外学生として東京帝国大学農学部農芸化学科に1930年5月まで3年間派遣された。1930年3月、陸軍糧秣本廠員兼陸軍航空本部員となり、経理学校教官兼陸軍航空技術研究所員、航空技術研究所員兼糧秣本廠員などを経て、1941年12月に航空技術研究所第7部長に就任。翌1942年3月に「軍用糧食に関する研究」により農学博士号を授与。
戦後、栄養学者として桜美林大学教授、食料産業研究所長などを務め、栄養に関する著書多数。90歳過ぎまでナイロビなどアフリカへの旅行をし、現地に滞在して食事を研究。1986年12月に、ナイロビで感染したマラリアが元で逝去。