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インタビュー

最新のインタビュー

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 2020年度に予定されていた大学入学共通テストへの英語の民間試験導入が、急に延期されたことで受験生に動揺が広がっているようだ。導入での不備や問題についてあげつらうつもりはない。ただ準備や対策も大切であろうが、試験制度などに揺るがない学びの力を培うのが学業の真価ではなかろうか。
 大げさに聞こえるかもしれないが、これまでの常識や価値観、既成概念に基づく秩序が音を立てて壊れ始め、混沌のなかから新しい秩序を創造しなければならないときにあって、なお流行に左右されるような学業では未来が危ぶまれよう。
 俳聖・松尾芭蕉の「不易流行」との言葉を引くまでもないが、最初に来るのは「不易」でなければならない。不変の真理の追求があればこその「流行」である。また「真理とは、いつも単純なもの」とは、ロシアの文豪が小説の主人公に語らせた言葉である。
 「単純」であれば、誰にでも理解でき容易に実践できる。いわば「基本」「基礎」であり、また「本質」ともいえる。たとえば野球では、素振りやキャッチボールは基本練習である。憧れのプロのスイングや投球ホームを真似ていても、練習をくり返す内に身の丈に合った形が身についていくものである。
 サン・テグジュペリの「星の王子さま」ではないが、一番大切なものは目には見えないからこそ、シンプルな動作の繰り返しのなかで体感されるものである。だからという訳ではないが、今回は甲斐かおりさんの取材文と庄司直人さんの写真によるグラフィックな「暮らしをつくる」(技術評論社)である。
 ガラス作家や革職人、木工作家など甲斐さんが取材された7組のなかから、布作家の早川ユミさんの取材文の一部を紹介したい。
 
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 着るもの、住むところ、食べるもの。何でもお金を出せば手に入る時代です。でもほんとうに豊かな暮らしはお金では買えないことに多くの人が気づき始めています。ではほんとうの豊かさって何でしょうか。
 シンプルなことで言えば心のこもったごはんをいただくことかもしれません。居心地よく整えた住まい、大切な人と過ごす時間、手づくり品に囲まれた暮らし...などそれぞれですが、どれも簡単なことのようで、忙しい毎日ではつい効率優先になり、大切なことが後回しになりがちです。
 豊かさの根っこは暮らしにある。少なくとも私はそう思っています。この本には、ものづくりをしながら暮らしを大切にする7組の作家が登場します。住まいや生活道具は自分で直し、食べるものは畑で自給自足。多忙な時期も仲間との食事は欠かさないなど、彼らは何を大切にするかに敏感で、そのための時間や手間を惜しみません。
 手づくりの暮らしは面倒なようでも、手先に季節を感じられ、いきいきとした実感や充足感をともなうもの。ひと昔前まで日本人の多くは自分で必要なものをつくってきました。今はそんな"手"のある暮らしから遠ざかり、便利になったぶん、火や水、食べるものなど暮らしが自然とともにあることにも無関心になり、生活が味気ないものになっています。
かくいう私も都合の便利さに浸りきった、暮らしの劣等生です。ただこの取材で感じたのは、"手でつくる暮らし"は自分のすぐ近くにあって気持ち一つで手に入るということ。
下手でも自分の手で包丁を研いだり、小さな菜園を始めてみたり。やってみると充足感があり生活の足腰が少ししっかりとするようです。あなたは今どんな暮らしを送っていますか。この本で紹介する7組の生き方が、暮らしの未来を考えるヒントになればうれしいです。
 
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 彼女の暮らしの真ん中にあるのが、台所だ。家族みんなで食事をする場所であり、お客さんが最初に入るのもここ。開放的な空間の奥にある大きな流しとコンロは、何かと来客の多いこの家のごはんづくりに活躍する。
 お昼には若いお弟子さんたちも一緒に、パッカマーというタイの布を床に敷いてみんなでにぎやかに食事を囲むのが日課だ。食べることを、何よりも大切にする人だ。
 「人の体は、その人が食べたものでつくられるでしょう。台所ってみんなの体をつくる場所でもあるんだよね。何を食べるかは、暮らしのなかで一番大切なことかもしれない」
 食べたもので人はできている。当り前のことだけれど、どれだけの人がそのことを実感して毎日食べることに力を注いでいるだろう。取材で訪れた日、早川さんは私たちにも心のこもった食事をたっぷり用意してくれていた。ちらし寿司に酢ごぼうの胡麻和え、野菜の揚げ浸し...。
 自ら丹精した畑で採れた野菜を使った料理は、ひと口食べるごとに元気が出た。なかでも甘酸っぱい紫色の飲物はぎゅっとエネルギーの詰まったような味。
 「おいしいでしょ。それね、酵素ジュース。杏に梅、李にイチゴ...と色んな果物が入っているんですよ。夏に畑仕事して汗だくになってもこれを飲んだら元気になるの」。その果実もすべて、早出さん自らが畑で育てたものだ。
 18年前にこの家へ越してきたとき、まずは裏の畑2畝を借りて種を蒔いたのだという。上の畑には梅や桃、杏などを植えて「小さな果樹園」と名づけた。スコップ一つで始めた畑が少しずつ増えて今では全部で2反(2,000m2弱)になる。
 耕耘機も手に入れ、ナスやオクラなどの夏野菜に、生姜、ニンニク、トウモロコシにピーナッツ、里芋、じゃが芋、お茶や果実と何でも育てている。畑を案内してもらうと、果樹園にはすでにイチジクや梅などの果樹が立派に育っていた。
 畑には土が乾きすぎないよう、ほどよく下草が残してある。どんな暑い日にも、毎日一度は必ず畑に出る。そうした日々土に向き合っていると、野菜や果物すべてが、土に育まれていることを実感する。
 「陽の光や雨、鳥や虫の働きなど自然には色々な営みがあって、そのなかで土が育てた命を私たちは体に取り込んで生きているんだなとあらためて思います」。さらに太陽を浴びながら土を耕すのは、それだけで気持ちよくていきいきするという。
 「土に触れていると、その匂いや手触りで感覚が研ぎ澄まされて、自分のなかにある野生がじわじわ湧いてくるような気がするんです」。真夏の高知は、陽射しもスコールのように降る雨も格別に強い。その分植物も勢いがすごくて、畑の周りはむせかえるような緑のエネルギーに満ちている。
 「もともと私たちには食べものをつくる本能が備わっているんだと思います。お金で食べものを買うようになって、みんなその野性を忘れてしまっているのかもしれませんよね」。「私の台所は、地球の入り口」と早川さんがいうように、畑の作物は台所へ運ばれてその日のうちに食卓に上る。
 料理で出た生ゴミはコンポストに。さらに「まだまだほんの少しの自給」と本人は謙遜するけれど、栽培だけでなく、あらゆる加工品も手づくりしている。果物はジュースやジャムにし、味噌も豆腐も自家製。お茶の葉を摘み発酵させる自慢の紅茶は、揉んだそばからほんのり紅茶の香りがしてきて、それだけで幸せな気持ちになるという。
 果樹の根元には、日本ミツバチの巣箱も並んでいた。「素人の私でも多い年には一升瓶に5本分も蜜が採れる。ハチがいると果物の実なりもよくなるんですよ」。鶏も飼い、卵はもちろん、自らさばいてお肉丸ごといただくこともある。
 「こうして暮らしていると、たくさんの命の循環の一部に自分があることがわかります。自分の力だけで生きているような気になっていたけれど、実は大きな自然の輪のなかで生かされていたんですね。ここへ来て、そのことがはっきり分かって。そうでなかったら、今のような作品をつくることはできなかったんじゃないかな」

甲斐かおり(かい かおり)
長崎県生まれ。会社員を経て2010年にライターとして独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、市民自治、郷土文化、農業などのテーマを手がける。2012年以降は、地域のプロジェクトに長期的に携わり、地元の情報発信やメディアづくりなどをサポートする仕事を行う。著書に「日本をソーシャルデザインする」や「ほどよい量をつくる」などがある。