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インタビュー

最新のインタビュー

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 歳の「功」というものであろうか。ふっとした瞬間に蘇る感覚といったものがある。そんなとき、歓びや悲しみはどこから来るのだろうかと思う。年末か年始のニュース番組で、2017年に亡くなられた芸能をはじめとした方々が一気に紹介されていた。
 「これほど多くの方々が亡くなられたのか」との驚きとともに、「超高齢社会」の実相とは、人の「死」と接する多さにあり、「死」と向き合うことなのであろう。かつて、久しく会っていなかった歳若き親族の突然の死に接した。そのとき、葬儀では平静として悲しみといった感情などはわかなかった。
 翌日の火葬は雲一つない青空が広がり、むしろ静粛な思いのなかで清々しい感じがあった。ところが、骨壺の入った白い箱を抱えた瞬間、突如として悲しみとともに滂沱の涙が溢れ出してきたのだ。「悲しみはどこから来るのか?」との答は、何かしら「皮膚感覚」のなかにあるように思えてならない。
 そんなときにタイトルに引かれて手にとったのが、分子工学者の傳田光洋氏の著書「皮膚感覚と人間のこころ」(新潮選書)である。専門分野はまったく異なるが、その「はじめに」に、著者の傳田氏が専門に導かれたエピソードが記されてある。
 それは、高校時代の期末試験での「問題」である。そこには「生物は周囲から物質をとりこみ、それを放出してその形を保っている。琵琶湖は周囲の河川から水を取り込み、淀川にその水を放出してその形を保っている。琵琶湖は生物であるか否か、論ぜよ」と書かれていた。
 それに傳田氏はどう解答するのかも興味がわくところだろうが、パッケージを扱う人であれば、また食品や化粧品の開発を手掛ける人であれば、「皮膚感覚と人間のこころ」は知らねばならないことであると思う。今回は珍しく「あとがき」の一部を紹介するが、是非とも読んでみてほしい。
 
* * *

 まだ人間が心身二元論に染まりきっていなかったころ、皮膚を経て私たちにもたらされる世界のささやきは、今日私たちが感じるより遙かに豊かなものだったに違いありません。日々の生活のなかでの物象は、古い時代の人々にとってはおのれの心と一つづきなものとして感じられていたことでしょう。
 しかし独立した自己が客観的に物事を観察する、という習慣が身についたころから、世界が変わり始めました。リルケはそんな喪われた世界の記憶をもつ詩人だと思います。
 
 古代も今もかわりはない。けれどわれわれはいまはもう、古い世の人々のようにその心情をしずかな形象(かたち)に化して眺める力をもたないのだ(第二の悲歌)、そしてわれわれは。いつのとき、いかなる場合にも観る者であるわれわれは、すべてのものに向き合っていて、けしてひろいかなたに出ることはない。それらはわれわれを一ぱいに満たす。われわれはそれらを整理する。それらは壊れる。ふたたびわれわれは整理する、と、われわれ自身が壊れ去る(第八の悲歌)。
 この地上こそ、言葉でいいうるものの季節、その故郷だ。されば語れ、告げよ。いまはかつてのいかなる時代より、物たちがくずれてゆく、真実の体験となりうる物たちがほろびてゆく。そういう物たちに取ってかわっているのは、形象(ビルト)をもたないつくりものだ、殻だけのつくりもの。
 その殻は、仕事の意図が変わり、その限界が変わるやいなや、飛散してしまうのだ(第九の悲歌)。
 われわれの生は刻々に変化してうつろいゆく、そして外部はつねに痩せ細って消え去るのだ。かつては永続する家のあったところに考案された建物がねじけた姿でのさばっている、考案だけの産物、まだまるで脳のなかにあるような(第七の悲歌「ドゥイノの悲歌」)。
 
 本書(「皮膚感覚と人間のこころ」)の執筆中に父を看取りました。父は数年前から認知症をわずらい、この三年ほどは私の顔も分からなくなっていました。呼吸困難に陥って病院に搬送され、その十日後、静かに息をひきとりました。その瞬間も、私はとくに大きな感情の変化を覚えませんでした。
 病室の椅子の上に泊りつづけて疲れていたのかもしれません。やがて通夜があり、親族だけで葬儀を済ませました。その後、遺体を火葬するときになって、だしぬけに涙があふれてきました。自分でも変だと思いましたが、涙が止まらないのです。
 インカ帝国最後の皇帝、囚われの身となったアタワルパは、スペイン人の侵略者ピサロに「カトリックに改宗すれば火あぶり刑ではなく絞首刑にしてやろう」といわれて、すぐに改宗したといいます。インカでは死んでも魂は残るが、死体が灰になると魂も消滅すると考えられていたのです。
 「自己の意識は脳の所産だ」という私も、その情動は十六世紀のインカ人と変わらないようです。火葬が終わって灰となった父をみたとき、なんだかさっぱりとした気分でした。中原中也の「ホラ、ホラ、これが僕の骨」という詩を思い出しました。
 自然科学、とくに実験科学は、最も開かれた知の体系だと思います。その論文には、実験の手順が丁寧に記述され、誰でもその手順通りに行えば、同じ結果が得られることが前提になっています。たとえば宗教や芸術に比べれば、その実施に修行や実験を要求されることは少ない。
 そのため民族や国境を越えて共有できる点に特徴があります。人間を特徴づける点として、世界を知りたいという好奇心があります。動物にも好奇心はありますが、それは生存の戦略に強く結びついています。おそらく、目に見えない宇宙の果てや、この世界の成り立ちを知ろうとするのは人間だけでしょう。
 人類の歴史のなかで神話や宗教が長らくその役割を果たしていましたが、実験科学の成立がその流れを変えました。世界を客観的に観察できる自己、それを設定することで、様々な現象についてその仕組みに関する知識を共有することが容易になったのです。
 それはもっぱら言葉と数字で語られ、やがて世界はすべて言葉と数字で語れるものだという錯覚に陥るようになったのです。一方、私たちひとり一人のなかには言葉にできない、なにごとかがあります。私たちは、ともすればそれを忘れがちになりました。
 しかし私はそれを実験科学の欠点だと思いません。現代の科学は、喪われたものたちの大切さを再び気づきつつあるように思われます。皮膚科学や非線形科学の発展は、それまでの科学的手法が見落としてきた問題を拾いなおしています。
 その結果、心の本質や生命の巨視的なふるまいを理解しようとしているのです。実験科学的手法を否定するのではなく、それをさらに精緻なものにすることが、人間の進むべき道だと思います。もちろん科学に極限はありません。究めたと思えた瞬間に、新たな何かが立ち表われ、私たちは立ち止まるでしょう。
 説明できない自分がいる。それでいいのではないでしょうか。父を看取った病室から晩秋の蒼い琵琶湖がみえました。葬儀のあと、そのほとりに立ってみました。小さな波がくり返し岸の小石を洗っています。さて、琵琶湖は生物でしょうか。
 生物の定義を「環境の情報を受容し選択する膜、広義の皮膚で囲まれた有機体」とすればどうでしょうか。原核生物でも皮質の膜で覆われ、そこでエネルギーや情報のやりとりを行っています。多細胞生物では表皮がその膜の役割を担っています。
 生物か否か、よく議論の対象になるウイルスは生物ではない、ということになります。ウイルスも殻をもつことがありますが、増殖のときには脱ぎ捨ててしまいます。琵琶湖には皮膚はありません。

傳田光洋(でんだみつひろ)
 1960年、兵庫県生まれ。京都大学工学部工業化学科卒業、同大学院工学研究科分子工学専攻修士課程修了、1994年に同大学工学博士号授与。カリフォルニア大学サンフランシスコ校研究員を経て、2002年に資生堂研究所主任研究員、2009年より同主幹研究員。国立研究開発法人科学技術振興機構CREST研究員。著書に「皮膚は考える」「第三の脳 皮膚から考える命、こころ、世界」「賢い皮膚 思考する最大の〈臓器〉」「驚きの皮膚」などがある。