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食える安心を与えなければ、いかなる高尚な理念も民衆から支持されない」といった指導者もいたが、性別や年齢、国・地域、人種を問わず、「食える」との生活の安心がなければ、高尚な理念に限らず何事も成就し得ないことは明らかだ。
たとえ精緻な統計に基づき「全体で石油やナフサの必要量は確保されている」と喧伝しても、足下の生活の安心がなければ「絵に描いた餅」である。直近の「令和の米騒動」に何を学んだのか。「高き屋に登りて見れば煙立つ民の竈はにぎはひにけり」とは、新古今和歌集に載る仁徳天皇の有名な和歌である。
今回は、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏の著書「女の"変さ値"」(潮出版社)から、その一部を紹介したい。様々な分野で活躍する10人の女性へのインタビューをもとに著された10編の中から、シンガーソングライターの加藤登紀子編の一部を紹介する。
 
* * * 
 
2022年5月、加藤さんは一枚の自主制作のアルバムを発表する。タイトルは「果てしなき大地の上に」―。ウクライナの人びとを支援するために制作したアルバムで、売上のすべてを僕が代表(当時)を務める日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)に寄付してくださった。
その額は、およそ1,200万円に上る。JCFは寄付金のすべてをウクライナの人びとの支援に充てた。加藤さんはどうしてこのアルバムを制作したのだろうか。
「2022年というのは、日中国交正常化から50年の節目の年でしょ。私は満州で生まれているから、中国と日本の関係をどうしていくかっていうのはすごく重要なテーマの一つなんです。その上で、ハルビンは亡命ロシア人たちと一緒に暮らしていたし、戦後は父がソ連と日本の交流を深めていたので、ロシアは私にとって身近な国でした。
侵攻が始まったとき、それは私にとって大きな打撃だった。そこで、私の人生を懸けてやるべきことが見えたんです。私が生まれたときに日本がしていた戦争と、いま世界で起きている戦争。なぜ人間は戦争を始めてしまうのかという問い。これを楽曲にしようと思いました」
表題曲「果てしなき大地の上に」は、幼少期に経験した引き揚げのことも踏まえてつくられた。なんとか生き延びた母の「生まれたばかりのあなたが希望だった」との言葉が歌詞に引用されている。
しかし、どうしてレコード会社からの発売ではなく自主制作なのか。そこには、ウクライナの人びとを支援したいという、加藤さんの強い思いが込められていた。
「それは、レコード会社を介さないことで、一刻も早く少しでも多くの支援金を届けたいと考えたから。あとは、自主制作であれば自分が考えていることをまっすぐに伝えられるという安心感がありました。採算は一切考えませんでした。
制作費は自身で負担して、売上はすべて寄付する。支援のためのアルバムとして売っている以上は、そこからいくらかでも制作費に充ててしまうと、購入してくれた人たちの支援が成り立たなくなってしまいますからね」
 
2025年は昭和100年、戦後80年という節目の年であった。それだけじゃない。先述した通り、加藤さんがデビュー60周年を迎えた年でもあるのだ。ロシアによるウクライナ危機はいまもなおつづき、イスラエル軍のガザ地区への攻撃もつづいている。2025年1月にはトランプ政権が再び誕生し、彼が打ち出した相互関税は国際社会で大きな波紋を呼んでいる。
加藤さんは、そんな現下の世界をどう見ているのだろうか。そして、加藤さん自身は今後どのように生きていこうとしているのだろうか。加藤さんは「いまの時代、男性とか女性とかって語るのはむずかしいですが...」と前置きをしたうえで、こんな話をしてくれた。
「女性の強さは一人をどこまでも尊重するところにあると思うんです。男性はよくも悪くも社会や組織を意識する部分がある。『はだしのゲン』を読むと、主人公・元のお母さんは、原爆が落ちたその日にお米を炊いているんです。人類史に残る大惨劇のその日、その場所でも、今日一日何を食べるかを考えている人がいる。
水が出る場所を探して、お米を研いでいた人たちがいるんです。それが、私は女性の強さだと思う。私の家は戦後の満州から引き揚げを経験して、長崎の地でマイナスからの再スタートをしました。だから私の母はゼロのすばらしさを知っていた。そこに生きていればいい。生きていれば必ず明日が来る。命そのものに力がある。生きる力は自分のなかにある―。そうしたことを知っていたんです」
加藤さんが断っていたように、男女平等という観点からすれば、無暗に男女の違いを取り上げることはナンセンスなのかもしれない。しかし、加藤さんがおっしゃっていることは、時代によって変化する正しさとは異なる、普遍的な部分にアプローチしようとしている気もする。とても大事な話なので、加藤さんの言葉をそのまま紹介する。
 
「男だって、原爆の日にお米を研げるかもしれませんよ。だけど、お米さえ洗えばそれで十分だという考えにはきっとならない。そうなってもらっては困る部分もある。つまり、男女には明確な役割の違いがあるんです。社会的・文化的に男女平等は是としたい気持ちはよく分かります。
だけど、生物としての男女の平等になると絶対にありえない。男性は命を懸けて子どもを産める身体ではないからです。命という観点からみれば、平等じゃいけないんです。平等以上に女性が大切にされなければいけない。私は最近、そんなことを考えています。
また、とにかく今日食べることができれば明日は元気になれる。そう考えられることが、私は命の原点だと思うんです。80億の民は、ただ青い空の下でおいしいご飯が食べたい。今日一日を幸せに生きたいだけなんです。思い出すのは、戦乱と干ばつに苦しむアフガニスタンで、36年間にわたり人道支援をつづけた医師・中村哲さんの言葉です。三度の飯を食べられる人はテロリストにならない―。
世界に目を向ければ、今この瞬間も戦禍に苦しむ人びとがいる。同時に、戦争こそ起きていないものの常にいつ戦禍に巻き込まれるか分からない地域がある。そうした時代にあって大事なことは、三度のご飯を食べられるようにすること。私は、そういう命の原点に立って世界を見ていきたいんですよね」
 
戦時下の満州に生まれて82年余―。加藤さんには言わなければならないことがまだまだある。
「異なる価値観の国と境界線を共有している。その点において、日本とウクライナは似ていると思うんです。有事の際にアメリカがどこまで日本のことを守ってくれるかは定かではない。ならば、軍備を強化したって何の役にも立ちません。
日本には無条件に非戦・非核を掲げるという立ち位置しか、生き延びる道はないと思います。中途半場に軍備を増強しようものなら、ウクライナと同じ道をたどるしかありません。私は何もしない方がいいと思う。一切何もしない国を標榜する。それ以外に平和への道はないと考えています」
加藤さんは最近、ある高校で戦争について講演を行った。日本は無条件に非戦・非核を掲げるべきと語ると、一人の高校生から質問が出た。
「責任のある立場に立ったとき、本当に何もしないといえるでしょうか」
加藤さんは次のように答えたという。
「言えないならその立場を辞めなさい。中途半端に偉くなって、思うようにできない人生になってしまうのなら、あなたもいっそのこと初めから偉くならない生き方を選んだらいいわ」

鎌田 實(かまた みのる)
1948年、東京生まれ。東京医科歯科大学医学部を卒業後、諏訪中央病院へ赴任。30代で院長となり、病院を再生。「地域包括ケア」の先駆けをつくり、長野を長寿で医療費の安い地域へと導いた。現在、諏訪中央病院名誉院長、地域包括ケア研究所所長。1991年から、チェルノブイリ原発事故の放射能汚染地帯へ100回を超える医師団を派遣し、約17億円の医薬品を支援。ウクライナ避難民支援にもいちはやく着手(JCF)。2004年からはイラクの4つの小児病院へ4億円を超える医療支援を実施し、小児がん患者支援、難民支援をつづける(JIM-NET)。2021年、ニューズウィーク日本版「世界に貢献する日本人30人」。2022年に武見記念賞受賞。著書に「がんばらない」「鎌田式 長生き食事術」ほか多数。
 
加藤 登紀子(かとう ときこ)
1943年、ハルビン生まれ。1965年に、東京大学在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールで優勝し歌手デビュー。1966年に「赤い風船」でレコード大賞の新人賞、1969年に「ひとり寝の子守唄」、1971年に「知床旅情」がミリオンセラーとなりレコード大賞の歌唱賞を受賞。以後、80枚以上のアルバムと多くのヒット曲を世に送り出す。国内コンサートのみならず、1988年、1990年にはN.Y.カーネギーホール公演をはじめ、世界各地でコンサートを行い、1992年に芸術文化活動の功績に対しフランス政府からシュバリエ勲章を授けられた。