トップページ > World View
遊びのある生活包装
最近、子どもころ友だちとよく遊んだ「なぞなぞ」の「上は洪水、下は大火事、これなぁに?」がよく脳裏に浮かぶ。答えは「風呂」だが、現在のユニットバスからは腑に落ちないかもしれない。むかしの(五右衛門風呂とはいわずも)薪や石炭をくべて風呂炊きをした経験のある人や、銭湯を思い出せは腑に落ちよう。
なぜ、この「なぞなぞ」がよく脳裏に浮かぶかといえば、この冬の西日本(日本海側)の豪雪(大寒波)と、東日本(太平洋側)でつづく少雨(水不足)乾燥(干ばつ)である。いずれも、ただ多い少ないといった量だけの問題ではなく、命におよぶ不気味さのともなう気象現象である。
現在、不気味さをともなうのは気象現象には止まらないが、そんな状況など顧みることなく解散総選挙に踏み切れる国のリーダーとはどんな心根であろうか。知りたくもないが、いうにことかきトランプ米大統領は他国の選挙結果の前に「完全かつ全面的に支持する」とSNSに投稿する始末。まさに「類は友を呼ぶ」である。
「上は洪水、下は大火事」の答えの「風呂」のように、たとえば「西は豪雪、東は干ばつ」の答えを真剣に考え、具体的な対策を導き出すことがリーダーに求められていることではなかろうか。
今回は、スウェーデンの精神科医のアンデシュ・ハンセン氏の著書(翻訳:久山葉子氏)の「スマホ脳」(新潮新書)からその一部を紹介したい。
* * *
カロリンスカ医科大学付属病院小児科のヒューゴ・ラーゲルクランツ教授は永年、子どもの脳の発達を研究してきた。彼はタブレット端末が発達を助けるというアイデアには批判的で、むしろ小さい子どもの場合は発達が遅れる可能性もあるという。
テクノロジーがごく幼い子どもにも良いとする誤った考えは、子どもたちを小さな大人として見ている点にあるとラーゲルクランツは指摘する。パズル遊びを例にとってみよう。一方、2歳児は本物のパズルをすることで指の運動能力を鍛え、形や材質の感覚を身につける。そういった効果はiPadでは失われてしまう。
別の例に、書く能力がある。皆がキーボードを使う今、手で書いたり、きれいな字を書く練習をするなんて何の意味もないように思えるかもしれない。だから、教室の窓から文字の練習帳を投げ捨てて、代わりにタブレット端末やパソコンで書くことに集中しよう。
もちろん、すでに書くことのできる大人はそれでいいだろう。しかしまだ書くことを習得していない場合は、ペンを使って練習することで文字を覚えていく。就学前の子どもを対象にした研究では、手で、つまり紙とペンで書くという運動能力が、文字を読む能力とも深くかかわっているのが示されている。
米国の小児科医のグループも、ラーゲルクランツと同じ主張をしている。小児科医の専門誌「Pediatrics」(小児科学)も、普通に遊ぶ代わりにタブレット端末やスマホを長時間使っている子どもは、のちのち算数や理論科目を学ぶために必要な運動技能を習得できないと警告している。
ラーゲルクランツらの主張には、米国小児科学会も賛同している。子ども、とくに1歳半未満の子どもは、タブレット端末やスマホ使用を制限すべきだ、と。私にいわせれば「1歳半未満」という年齢設定自体ばかばかしい。まともに喋ることはおろか、まだ歩くこともままならない子もいるのに。
しかしすぐに考え直した。2歳児の8割が定期的にインターネットを利用しているという現実を考慮すれば、ちっともムダな推奨ではない。「子どもは遊ばせよう」という記事のなかで、米国小児科学会は「衝動をコントロールする能力を発達させ、何かに注目を定めて社会的に機能するためには、遊びが必要だ」と指摘している。
問題は、子どもが遊ばなくなったことだ。「何もかもきっちり予定されていて、"遊ぶ"なんて時代遅れ――大人がそう思っている現代に、われわれは生きている」。医師たちには、ストレスフルな親に遊びを処方するようにも提案している。親子ともに忙しい時間割に組み入れなさいというわけだ。
私たちは皆、こんな考えと格闘する。「お皿の上のケーキを全部食べなければ、この夏はスタイルが良いまま過ごせるかもしれない」「パーティーに行かずに家で勉強していれば、いい仕事に就けるかも」。将来もっと大きな「ごほうび」をもらうために、すぐにもらえる「ごほうび」を我慢するのは非常に重要な能力だ。
実際、それができるかできないかで、その子の人生がどうなるかだいたい分かるという。マシュマロをすぐに1個もらうより2個もらうために15分待てる4歳児は基本的に、数十年後に学歴が高くいい仕事に就いている。
つまり、自制心は人生の早い段階で表れ、将来性にも関わってくる――と解釈できる。しかし報酬を先延ばしにできる力は生まれたときからあるわけではなく、生活環境の影響を受けるし訓練で伸ばすこともできる。それでは、デジタルライフは自制心にどのような影響をおよぼすのだろうか。
複数の調査で分かっているのは、よくスマホを使う人の方が衝動的になりやすく、報酬を先延ばしにするのが下手だということだ。だが、それは衝動的な人がスマホをよく使うだけなのでは。ここでもニワトリと卵のどちらが先かという永遠の問いにぶつかり、その点で明らかにしようとした研究者たちがいる。
数年前の実験で、スマホを使っていない被験者数人にスマホを持たせた。知りたいのは、報酬を先延ばしにする能力がスマホを使い始めることで変化するのかどうかだった。そして、まさにその通りになった。3ヵ月スマホを使用したあと、一連のテストを行い、報酬を先延ばしにするのが前より下手になっていることが分かった。
報酬を先延ばしにできなければ、上達に時間がかかるようなことを学べなくなる。クラシック系の楽器を習う生徒の数が著しく減ったのも一つの兆候だ。ある音楽教師にその理由を尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。
「今の子どもは即座に手に入るごほうびに慣れているから、すぐに上達できないと辞めてしまうんです」
2016年に、私の著書「一流の頭脳」がスウェーデンで刊行された数週間後、ある学校の校長から「うちの高校で講演してもらえませんか」というメールをもらった。講堂で講演したのだが、ざっくりいって半数の生徒が途中でスマホを見ていた。
自分の講演が聞くに堪えないせいだ、と私はがっかりした。しかし校長はこうとりなした。
「全然、まったく逆ですよ。生徒たちがあんなに熱心に聞き入るのを見たのは久しぶりです」「でも、半分くらいの生徒はスマホをいじっていたでしょう」
「ええ、確かに。だけど普段教室でどんなふうだか知っていますか。全員がスマホをいじっていて、先生たちは生徒の注意を引くのに非常に苦労しているんです。前に勤めていた小学校では、休み時間に外で遊ぶ子どもはいなかった。スマホを手に座っているだけで」
帰り道、私は生徒たちが授業中にスマホをいじることについて考えた。私が学校に通っていた当時、歴史の先生は生徒が授業中にゲームボーイをするのを絶対に許さなかっただろう。仮に大きなポータブルテレビを引きずってきて映画を観ていたとしたら、数学の先生もそれを見逃しはしなかっただろう。
あらゆる予測に反して先生たちがゲームボーイやテレビを許可していたら、私は学校で何を学べただろうか。現在、多くの学校が授業中のスマホ使用を禁止している。個人的には当然だと思うが、反対する意見もある。学校でスマホを使った場合の影響、その研究結果は何を教えてくれるのだろうか。
アンデシュ・ハンセン
1974年1月、スウェーデン・ストックホルム生まれ。ストックホルム商科大学でMBA(経営学修士)を取得後、名門カロリンスカ医科大学で医学を学ぶ。2019年~2023年に、スウェーデンのSVT Playで制作された科学番組「Din hjärna (your brain)」の脚本、司会を務めた。「スマホ脳」「ストレス脳」「運動脳」などの著書は米国や中国、日本、韓国、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、英国、ブラジルを含む37ヵ国で販売される、世界的なベストセラー。







